▽達成の感覚
私たちは何のためにゲームで遊ぶのだろうか。リラックスするためか、楽しむためか。いや、そうではない。「よりよい自分になるため」だ。
巴さんには変わった癖をもった同僚がいる。「跳一跳」が好きで、1週間に300分遊ぶまでは絶対にプレイをやめないのだという。「跳一跳」に「ハマった」人はこの同僚だけではない。微信小程序(WeChat Mini Apps)に登場すると、わずか3日でプレイヤーが4億人を超え、一日あたりアクティブユーザー数は1億7千万人に達した。
このゲームは細かい設定に面白みがあり、たとえば一定の分数に達すると、システムが「あなたはモメンツの友人の誰々を超えましたよ」などと教えてくれる。
達成感を得たいプレイヤーがゲームで尊ぶのは競争の感覚だ。かつては「マインスイーパー」で速さを競い、「開心消消楽」ではQQなどコミュニケーションツールで絶えず誰かを追い越し、さらに「頭脳王者」のような頭を使うゲームに夢中になる。プレイヤーが心の底で求めているのは「自分の存在価値を証明する」ことだといえる。
だがすべての人が努力型の競争者ではない。多くの人にとって「跳一跳」のようなゲームで遊ぶのは、ランキングに自分の名前があるのを誰かに見て欲しいだけ、自分と話すきっかけになってほしいだけのことだ。現代人はみな孤独なのだ。