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| 映画『梅蘭芳』と実の梅蘭芳、その違いは?③日本侵略時代 |
| 発信時間: 2009-02-15 | チャイナネット |
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日本侵略時代
日本の軍人、田中隆一少佐(映画)。歴史上、モデルとなる人物はいない。 映画――日本侵略時代について、映画には極めて戯曲化された場面がある。日本の軍人、田中隆一少佐は「シナ文化を征服せんと欲すれば先ず、梅蘭芳を征服しなければならない」との論調を発している。田中は15歳の時に梅蘭芳の日本公演を観ており、梅蘭芳に対しては「征服」のほか、最大の敬意をも抱いている。田中が梅蘭芳に演技するよう説得できなかったことから、上司は直接、梅蘭芳を拘禁する。その後、邱如白は梅蘭芳が演じるとのニュースを発表、梅蘭芳も記者会見を開く。さらに戯曲化されているのは、田中が国家と芸術、情感と命令との間で苦しみもがき、梅蘭芳にこれ以上強いることは望まないと、最後に喉に銃をあてて自殺することだ。 史実――日本侵略時代、梅蘭芳は上海から香港へと難を逃れる。上海に戻ると、髭を蓄えて公演を拒絶し、絵を売って生活を維持した。日本人による拘禁は、実際には発生していない。梅蘭芳は抗日戦争前、日本で2回公演。1923年の関東大震災の際には、北平(いまの北京)で慈善公演を共同で行い、1万元銀貨を日本に寄贈している。基本的に梅蘭芳を拘禁した日本軍人はいない。 映画の中で梅蘭芳のために死んだ軍人、田中隆一にモデルとなる人物はいない。だが、そこには日本の戯曲家・波多野乾一の姿が多少漂っている。波多野は梅蘭芳の古い友人だ。梅蘭芳はその生涯で3度、日本を訪れているが、いずれも波多野が随行している。波多野は最も早くに京劇に関する書物を出版した学者であり、中国の戯曲についても2冊の著作がある。梅家と波多野家は時代を越えた交流があるのだろう。 「チャイナネット」2009年2月15日
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