端午を詠じた詩の中で、まず推したいのは屈原を偲んだ作品で、たとえば唐の詩人文秀の『端午』の詩がある。
節分端午自誰言 節分端午誰が言える
万古伝聞為屈原 万古より伝聞す屈原の為と
堪笑楚江空渺々 堪笑す楚江の空渺々たるを
不能洗得直臣冤 直臣の冤を洗ぐを得ず
(大意――五月五日を端午の節句と誰がきめたのだろうか? 昔から屈原を記念するためと言い伝えているが、あのとうとうと流れる汨羅の水でも、忠臣屈原の濡れぎぬを洗い清められないなんて、おかしいではないか)
とうとうと流れる楚江の水でも、忠臣屈原の蒙ったぬれぎぬは洗い去ることができない。偉大な愛国詩人に対する限りない同情が、行間ににじみ出ている。竜船競漕の風俗ものちになって屈原の屍体を捜すことに結びつくようになった。竜船競漕を描いた詩の中で、いちばん古く、また、いちばんすぐれた作品は、唐の張建封の『競渡歌』といえよう。彼はまず競漕の熱烈な情景をこう描写している。
五月五日天晴明 五月五日天は晴明なり
楊花繞紅啼暁鶯 楊花は紅いを繞り暁鶯は啼く
使君未出郡斎外 使君未だ郡斎の外に出でぬうちに
江上早聞斉和声 江上早くも聞ゆ斉和の声
(大意――五月五日、空は晴れ上がっている。柳絮は赤い花をぬって飛びかい、鶯が啼いている。君がまだ役所の門から出ないうちに、江上から早くも騒がしい声が聞こえてくる)
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