通霊大峡谷は中国とベトナムの国境地帯にある広西チワン族自治区靖西県の湖潤鎮新霊村に位置し、昔から「小さな桂林」と称されている。この一帯は山が延々とつらなり、川が縦横に流れ、景色が非常に美しい。最近、県政府所在地の南東部から30キロ離れたところにある広西チワン族自治区の古竜山水源林自然保護区の南で靖西通霊大峡谷という新しい観光スポットが開発された。
通霊大峡谷は念八峡、通霊峡、古労峡、新霊峡、新橋峡からなり、峡谷の間には大きな地下の河の流れがつながり、念八河が順を追って通り抜け、湖潤台地に至ると、舟をこいで通り抜けることができる。南――北――東――西の方向に走り、長さ10キロ余の通霊大峡谷となっている。
峡谷には世界でもまれな特別高いところから流れ落ちる滝、洞窟の中の滝、地下の川、峡谷の渓流、洞窟観光のスポット、古代の石壁、古代の断崖の上に置かれた棺、原生の植生などの自然景観と人文景観があり、通霊大峡谷に行けば、2000余種のさまざまな稀少植物が人々の心や目を楽しませてくれる。この一帯には恐竜と同じ頃のものといわれるヘゴと蓮子観音坐蕨という植物、多くの実のなるサトウヤシの木々、人にかみつく不思議な木などがあり、それがゆえに通霊大峡谷は神秘に満ちるようになっている。
通霊大峡谷の周辺には、長さ1000メートル、幅約300メートルの険しい断崖がある。地質学者の考証によると、 この峡谷はもともとは隠れた谷で、地質の運動で、隠れた谷の頂上部が陥没し、大きな天窓が形成されるようになり、峡谷の両側の断崖に隠れた谷特有のアーチ型がそのまま残され、アーチ型の断崖の上にはさまざまな鐘乳石がいっぱい垂れ下がっている。
峡谷の北側の断崖のあたりには高さ100メートル、幅60メートルの洞窟があり、それは通霊峡谷の渓流が流れているところであり、峡谷に入る唯一のルートでもある。洞窟のてっぺんから底部まで、六つの段階のZ形の階段を通らなければならず、とても壮観である。洞窟の入り口の上から一筋の日射しが入ってきている。このルートは絶壁に沿って爆破された高さ2メートル、幅1.5メートルの片側通行のトンネルで、トンネルの周りには、不思議な形をした鐘乳石がいっぱい垂れ下がっている。
洞窟の底部に着いてから、峡谷の谷川に沿って南へ向うと、神秘に満ちた原生林に入る。この一帯にはさらさらと流れる小川、険しい断崖、不思議な姿の鐘乳洞、奥深く静かな密林があり、140余の科、千にのぼる種の植物が集中して生い茂っており、ジュラ紀の恐竜と同じ頃のものといわれるヘゴ、蓮子観音坐の蕨などのシダ植物および金絲李、タブノキ、サトウヤシの木、カエンボクなどの稀少植物があり、そのうちの多くは国の重点保護指定を受けている稀少植物である。伝えられるところによると、北京の毛主席記念堂を築造した時には、専門家たちはわざわざ通林峡谷に赴いてカエンボク、アオギリなど4種の稀少植物を選んで、数百キロの道のりを経て北京に運んできて、記念堂を飾る樹木として移植した。
峡谷に入る小道が生い茂ったかなりの樹齢の木々を通りぬけ、緑のトンネルのように地球の中心部へと向い、下から約300メートルのところに古代の石壁があり、絶壁が行く手をさえぎっている。近づいて見ると、洞窟の入り口が見える。入り口から入ると、高さ100メートル、幅60メートルの広大な鐘乳洞が目に入ってくる。深い洞窟の底部には水がさらさらと流れ、壁とてっぺんにはさまざまな形の鐘乳石があり、Z形の長い階段を降りて洞窟の底に下り、洞窟を出るとびっしりと空を覆う原生林が目に入ってくる。しばらく行くと、高さ168メートル、幅30メートルの中国の南西部でこれまでに発見された最高の滝のところに着く。滝は高いところから、大きなカーテンのように流れ落ち、雷鳴のような音をとどかせ、白い霧がたちこめ、日差しのもとで、きれいな虹(にじ)が現われている。滝の左側の絶壁の上には古代の棺が置かれている。滝が流れ落ちている深い淵は幅約50メートルもあり、峡谷の渓流と鐘乳洞の地下水の流れが集まり、大きな地下の川となって別の峡谷へ流れて行き新たな滝となるのである。
峡谷は「雄大さ、険しさ、奥深さ、珍しさ、絶妙さ、美しさ」でよく知られている。著名な画家の関山月氏はここを訪れた際「通霊宝洞」、「峡谷春深」という言葉を残している。
通霊大峡谷、徳天黒河水の二日間観光コース
一日目 朝南寧から車で大新県政府所在地に向う。昼は著名な明仕田園の景観、徳天滝、黒水河の観光。徳天に宿泊
二日目 通霊大峡谷の観光、途中で三畳嶺滝の観光。原生林、恐竜と同じ頃のものといわれる野生植物の化石ヘゴ、サトウヤシ、北宋の頃のチワン族の首領儂智高が金を隠したといわれる洞窟、神掌断石、峡谷の一筋の光、カエンボク、人にかみつく木、通霊の滝、滝の裏側の洞窟などを見てまわって、車で南寧に戻る。
観光料:一人420元
「チャイナネット」2002年8月7日