最近、数多くのメディアは、浙江省人民代表大会が制定した「浙江省の『中華人民共和国消費者権益保護法』実施方法」で、医療患者を消費者の中に入れたニュースを報道したが、これは医療患者「中華人民共和国消費者権益保護法」(以下「消法」と略す)の保護の先がけとなったものである。しかし、医療患者は、はたして消費者であるかどうか、消費者であるべきかどうか?患者を消費者として保護するのは利益が大であるか、弊害が大であるか?われわれは、いかに患者の利益を保護するべきか?これについて、筆者は北京大学法学院法医学専門家孫東東氏にインタビューした。
患者は単なる消費者ではない
法律からみて、患者は消費者とみなすことができる。多くの民法学者はみなこのような観点を支持しているが、実際には、患者は普通の意義の消費者ではない。「消法」の規定によると、消費者とは生活消費の需要により商品を購買、使用またはサービスを受ける個人と部門をさす。こうした概念を経営の角度からみれば、病院は商店と同じく経営の性質をもつが、病院の経営はまた一般的意義の経営とは異なり、このような違いは、主として価値に対する判断からくる。一般的な経営と消費の中で、消費者と商店の利益は厳しく対立する。例えばマーケットでショッピングするさい、経営者は最低のコストで最大の経済的効果を得ようとするが、消費者は最低の投入で最大の利益を得ようとする。両者はまったく対立している。ところが医療の中で、病気を治癒したいという患者と医師の目標は一致している――患者は何よりも、効き目の良い薬をもらって、できるだけ早く病気を治したいと考えるし、安いことをねらう訳ではない。医療が一般の消費とちがう点では、決定権に現われている。医療の中の決定権は医師にあって、患者にない。治療方法を決めたあと、投薬も医師が決め、患者は従うのみだが、一般的消費の中で、決定権は消費者の手中にある。買うか、買わないか、どの銘柄を買うのかも消費者が最終的に決める。この外、消費は、消費者の生活的ニーズを充たすためだが、患者が診療を受けるのは疾病治癒のため、命を維持するためであり、命と生活のニーズとは違い、前者の方がより重要である。こうした原因から、われわれは簡単に患者を消費者とみてはいけない。
簡単に患者を消費者とみることは、ゆゆしい問題を起こしかねない。例えば医師の責任回避の問題でいうと、自らの責任を免れるために、医師は数多くの不必要な検査をさせるが、手当ての手遅れになるだけでなく、医療資源の浪費をも作り出す。19世紀の80年代中期、アメリカでは消費保護運動を興したとき、すべての行為が消費とみなされたが、病院のサービス水準の向上につれて、医師はかえって責任を負わないようになった。なぜかと言うと、これは医師が責任逃れのため、できるだけすべてのリスクを避けようとするからである。そのための方法は、患者にムリさせていろいろな検査をさせる。そこでまた、医療費用のうなぎのぼりの上昇を導く。反響の最も強いのは保険公司で、90年代の中期から保険公司の支払いがますます多くなっている。アメリカが実行しているのは、公民と社会保険の二つのシステムで、公民保険は公民の自己払いだが、社会保険は政府の福祉金から支出する。政府は、社会保険費の増加が早すぎないようにおさえている。中国もまたこのような状況が生まれていて、とりわけ、いちぶの、過去に教訓のある病院は責任逃がれのために、患者にいろいろな検査をさせ、時には、このためにかえって治療の手遅れになってしまう。
患者への保護は、つまり消費者への保護
たとえわれわれは簡単に患者を消費者としてみることはできないが、しかし今回の浙江省人民代表大会の制定したこの方法は、患者を消費者として保護する上で、大きな意義をもつものである。患者を消費者として保護すると、まず法律を細分化し、法律の実行性を強めることになる。『職業医師法』にもとづき、医師は患者に治療の状況を知らせるべきである。薬は患者が服用するものであり、メスが患者の体にあてられれば、患者に事情を知る権利がある。中国の医師は、往々にしてこの観念がなく、今でもかなり多くの医師は、この義務を履行していない。今回の細分化以後、医師を督促して自分の職責を履行させる。細分化と同時に、上述の方法の制定は、さらに医師と患者双方の平等の権利を明確にしたし、権利の平等は患者の状況を知る権利を尊重することになる。次に、医師と患者双方の法律関係は、平等な民事法律関係であるべきで、不平等は技術の上での不平等にすぎず、法律関係は平等であるべきである。技術の上での不平等から、法律関係の不平等を引き起こすのであってはならない。ひるがえって言えば、「患者は神様」もまた不適当である。この外、浙江省制定の『消費者実施方法』は、患者に保護手段を一つ増やした。これまでは衛生行政機構だけが医療を管理してきたが、今は消費者協会ができ、たとえ消費者協会が衛生行政機構を管理できなくても、衛生行政機構を監督できるのは意義が大きい。消費者協会がメディアとアピールを通じて、衛生行政機構が患者の利益を保護することを督促できるのは、大きな意義をもつ。
原因を探し出し、医師対患者のトラブルを減らす
近年らい、中国の医師・患者間のトラブルがひん繁に起こる原因として、医師が仕事の中で責任を負わないからだと簡単に決めつけることはできない。この状況の起こる原因として、医療体制に求めるべきである。社会の発展につれ、大衆の自己保護意識はたえず向上し、病院に対する要求もたえず高くなってきたが、病院の運営のメカニズムと観念は、上述の発展についていけない。管理体制の上で、病院は福祉部門でありながら、同時に経営の性質をもっており、現在、大部分の収入は、薬品販売の卸し値と小売価格の差から求めている。このような状況によって、病院は利潤を高めるために、若干の適切でないやり方をとるようになった。処理のメカニズムからみると、現在、主な問題は鑑定メカニズムに現われている。衛生部は投資の主体であり、同時に行政の主管部門であり、衛生部門より責任をもって鑑定すれば、時にはえこひいきの問題が出るのは免がれ難い。たとえ、えこひいきがなくても、みんなは疑いをもつ。この外、大衆の医療知識水準の低さもまた、トラブルが起こる重要な原因となっている。一般の人はさておいて、新しい『医療事故処理方法』を討議にかけたさい、多くの法学者でも、患者が医師にかかる場合、医師は患者を治すことを確保し、そうでなければ、違約であると考える。しかし、事実から言うと、すべての患者が治癒できるのは不可能であり、北京は毎年20万人が病死しており、その絶対多数の患者はたしかに治癒できないものである。アメリカの中学生は、多くの医療救護知識を知っているが、われわれの場合、一部の専業者でもハッキリわからない。例えば事故発生後の救急のさい、救急処置の不適切により死亡している人が多い。こうした医療知識、観念の立ち遅れから、多くの医療トラブルが起こっている。
中国で現行の医師・患者のトラブル処理方法は、ゆゆしい結果を導き易い、全人民の健康権利を侵害し、病院と医師の合法的権利を侵害し、病院の信用をおとし、はては中国の医学の発展をさまたげる。医師・患者間のトラブル問題を解決するには、多方面から着手しなければならない。中国は、大衆の医療知識レベルの向上に力をそそぐべきである。アメリカの衛生省代表団が中国訪問したさい、アメリカ国民の医学知識は、少なくとも中国の医学専業学校の学生が大学一年終了のレベルに相当すると語ったことがある。現在、中国の国民の医療知識欠乏の状況により、多くの人がケガや病気にかかった時にどう処理して良いか判からず、不必要な死亡を導き、しかも医師に対する患者の誤解の程度を増やし、医師・患者のトラブルを発生させている。この外、病院はまた自身の管理を強化すべきであり、病院での診察・治療の透明度を増やし、患者に、病情、診断、治療及び医療費用などの状況をわからせるようにし、透明度を増やし、患者が安心して診察を受けるようにする。同時に、われわれは現在の司法鑑定メカニズムを変え、鑑定の決定権、組織権、実施権を分離してゆくべきである。事件の処理にあたる者が、鑑定すべきかどうかを決め、鑑定を組織する権利を司法行政機関にゆだね、医学専門家が鑑定を最終的に実施するようにする。しかし、専門家の構成は公平性を具現しなければならない。例えば、仲裁で仲裁員を選任するやり方を参考にして、異なる地区と医学の類別に応じて専門家のリストを作成し、患者と病院で、それぞれ1ないし2名の、信用する専門家を選んで鑑定グループを共同に組織するのである。よりよく患者の権利と利益を保護するため、適当な時に専門の『患者権益保護法』を制定し、これを通じて患者の利益が犯されないようにするとよい。またアメリカ、日本などの国の保険メカニズムを導入し、社会保険と公民保険の二つの異なるシステムをうち立てることも考えられる。この外にまた、病院を選択する患者の権利を増やせるようにする。今回の新しい医療改革案では、国民は五つの嘱託病院を選択できることを規定しており、この中の三つの病院は三級の甲等の病院を選択して良いことになっているが、こうすれば病人の主動権を増やすことになる。
上述のこれらの方法は、すでに実施中のものもあれば、討議中のものもある。医療体制の改革により、医師と患者間の紛争のゆゆしい現状は逐次減少してゆくことになろう。
――孫東東氏。北京医科大学卒。現在、北京大学法学院教授、中華病院権益保護と自律委員会顧問、中国消費者権益保護法協会顧問、北京医師学会顧問を担任。
「チャイナネット」 2001年1月10日