このほど、寧夏回族自治区固原博物館は二年前に発掘した墓誌関係文物資料の整理を完了した。
専門家は、この墓誌を寧夏回族自治区内で出土した最古の墓誌であると考えており、関係資料を検討した結果、該墓誌は今から1613年前の国内最古の墓誌であることが明らかにされた。
該墓誌は、2001年秋、寧夏回族自治区彭陽県新集郷から出土したものである。墓誌は石灰砂岩石質で、上方は円弧形を描き、下方は方形で、碑台座と碑本体で構成されている。墓誌の高さは36cm、幅27.5cmである。墓誌の円形額部の真ん中には縦書きの篆書で「墓誌」の二文字が刻され、正面には隷書で各行8文字全9行計72文字の凸起した墓誌銘文が彫刻されている。墓誌の後背部にもやはり隷書で「碑誌及送終之具於凉州作致」の計12の凹形文字が刻み込まれている。
墓誌の記載によれば、墓は魏晋南北朝時代の前秦王朝建元16年(西暦380年)に造営されたもので、埋葬された主人は興晋王を世襲する酋長大切門将の梁阿広である。前秦は苻洪によって建国され、北方の氐族が主体となっていた王朝(西暦350~394年)で、建国後44年で後秦の姚萇に滅ぼされている。中国史上、氐族によって建国された短命王朝で、建元の年号は最盛期の苻堅時代の年号である。墓誌には魏晋時代、彭陽県はかつて前秦の支配を受けたことがあると記述されている。
研究者は以下のようにコメントしている。この墓誌は墓碑から墓誌への転換を示す現物証拠である。墓誌の形は墓碑の形式を取っているが、墓誌の雛形の要素も備えており、「碑」にも似ており「誌」にも似ている地上墓碑から地下墓誌に変化した最初の形式なので、この墓誌は文物考古学上の史料価値が非常に高い。
「チャイナネット」2003-12-25