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| 2003年の中国の軍事外交 |
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国防部外事弁公室の統計データによると、2003年、中国人民解放軍の重要な対外交流は合計100余件に達し、各種の軍事代表団は50余カ国を訪問し、50余カ国の国防相、武装部隊司令官などの重要な訪中団(グループ)を68回受け入れた。 曹剛川国防部長がアメリカ、ロシアを訪問した。2003年10月27日から11月2日にかけて、曹剛川中央軍事委員会副主席・国務委員兼国防部長はアメリカを訪問した。これは中国の国防部長の7年ぶりの訪米であり、2001年の中米軍機衝突事件によって中断された両国の軍事交流が全面的に回復、発展していることを示している。曹剛川部長はまた12月にロシアを訪問し、中ロ両国の戦略的協力パートナーシップのさらなる発展を促進した。 フランス国防相の訪中成功をメルクマールとして、中国とEU諸国軍事関係が重要な進展をとげた。インド国防相は10年ぶりに訪中し、日本防衛庁長官は5年ぶりに中国を再訪した。朝鮮、パキスタン、バングラデシュ、タイなど諸国の軍事指導者が相ついで訪中し、中国と周辺諸国の軍隊の関係に新しい局面が現れた。 上海協力機構加盟国は合同軍事演習を実施し、中国の唱導する互信、互恵、平等、協力の新たな安全観を示した。2003年8月6日から12日にかけて、上海協力機構の各加盟国は「合同―2003」を暗号とする反テロ合同軍事演習を実施した。これは上海協力機構が枠組み内で初めて実施した多国反テロ合同軍事演習である。10月下旬と11月中旬、中国海軍はそれぞれパキスタン、インドの海軍と海難救助演習を実施した。このほか、中国の軍隊はまた8月下旬に初めて15カ国の軍事オブザーバーを招いて北京軍区の実戦軍事演習を参観させた。同時に、中国の軍隊も代表団を派遣してロシア、フランス、アメリカ、タイ、シンガポールなどの諸国が実施した軍事演習を参観させた。 平和維持部隊を派遣し、中国の軍隊は世界に進出した。2003年4月1日、コンゴ民主共和国に派遣される中国平和維持軍が出発した。この部隊は175人の工兵中隊と43人の医療チームからなっている。これは1992年から1993年にかけて中国が軍事工事要員をカンボジアに派遣して平和維持活動に参与させたことに次ぐ2回目の平和維持部隊派遣である。12月、中国はまた240人の輸送中隊、275人の工兵中隊、35人からなる国連基準に達した2級病院を派遣して、国連リベリア特別派遣団の平和維持活動に参与した。 国際軍備抑制と多国核査察メカニズムに積極的に参与した。2003年3月13日、バクダッドで発生した交通事故で、中国の化学兵器専門家の郁建興氏(38才)が死亡した。氏は2回目にイラクに赴いて核査察任務を遂行しているところであった。国連が1991年にイラクに対し核査察を展開してから、国連の招きに応じて、中国から前後して延べ26人がイラクへ赴いて核査察と監督に参与した。国連大量破壊兵器監視検証査察委員会には現在も中国の核兵器査察専門家がおり、彼らは国連に禁止される核兵器、化学兵器、生物兵器、ミサイルなど軍備抑制分野の大量破壊兵器の査察任務に参加した。
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