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第23回 「陰徳、陽報を得」
発信時間: 2008-12-16 | チャイナネット

チャイナネット記事「半数近くの在中国日系企業が社会貢献活動を」を興味深く拝読しました。12月12日、北京で行われた「日系企業社会貢献活動」発表会で、中国にある7000社以上の日系企業を調査対象とした「社会貢献活動実態調査」の結果や、四川大地震後の日系企業の援助などが発表されたということです。

日本には、古くから、「良いことをしても、それを積極的に広報、宣伝する必要はない。良いことは黙ってやるべきだ。」という考え方があります。これは「『陰徳』を積む」という考え方です。日本の若い人はこの言葉を知らないかもしれませんが、年配の日本人には知られた言葉です。私もよく日本のビジネスマン達とも、「社会貢献などの良い活動をした後、積極的に宣伝するのが良いのか、それとも黙っていて『陰徳』を積む方が良いのか」という議論をしました。

もちろん、この「陰徳」は、もとは中国から来た考え方です。中国の『千字文』の注釈を書いた李暹という学者(6世紀後半に活動)がいます。この李暹は、『千字文』の「知過必改 得能莫忘」の箇所の注釈で、「陰徳、陽報を得」という言葉の由来を説明しています。これは秦の穆公が馬を盗んだ盗賊を死罪とせずに赦したことから、後日、盗賊が穆公に恩返し、その際に、穆公が述べた言葉ということです。その意味は、「かげで善行をつむと、目に見える良い報いを受ける」と説明されています。『千字文』とその注釈は古くから日本に伝えられました。李暹が書いた注は、中国で失われ、日本でのみ保存されていたそうです。(『千字文』(岩波文庫)の小川環樹氏の解説を参照しました)。

中国で古くから言われたことを日本人はたくさん学び、そして今でもその考えが生きていることがあります。他方、中国ではどうなっているのだろうか?というのが、私も含めて多くの日本人が知りたがっていることです。この「陰徳」についても、中国企業は中国国内でどうしているのか?つまり社会貢献活動をして、積極的に広報、宣伝しているのか?また日本国内でも、中国企業、華僑企業が、日本人向けの社会貢献活動をしていると思いますが、「『陰徳』を積む」という考え方なのか、それとも積極的に広報・宣伝しようとしているのか?これらは本当に興味深いところです。

「社会貢献を積極的に広報・宣伝するか否か」という点については、もしその目的が、企業(の経営者)が自分の評判を高めるためとか、ビジネスに利用するためであれば、それは、日本でも中国でもおそらく良い受け止め方はされないでしょう。

では「陽報を得」るとはどういうことでしょうか?

一緒に良い活動をすることを呼びかけるという観点ならば、他者からの共感を得て、いつまでも記憶され、更に活動自体が広がっていくのではないでしょうか。このような連帯の観点が必要でしょう。

私は、北京で働いていた時、日本大使館で文化財保存の分野の協力も担当していました。日本政府は、中国政府、ユネスコとも協力して、西安の大明宮、敦煌石窟、河南省龍門石窟、新疆ウイグル自治区クムトラ石窟などの遺跡の保存、また広西省、青海省、甘粛省の少数民族の歌を録音するなどの無形文化遺産保存を支援してきました。日本の政府開発援助(ODA)の資金も使われました。それらの遺跡を私自身も訪問し、現地の文化財保存関係者とも意見交換をしました。彼らからは、「改革開放が開始された直後は、中国では文化財保護をどうしたらよいか分からず、またそのための資金もなかった。しかし日本から支援を得て、文化財保存のやり方が分かり、資金も中国政府内で確保できるようになった。文化財保存のための日本からの協力は忘れない」と言われ、とても喜んだ覚えがあります。また、植林についても、まず日本の民間が1980年代前半から、そして日本政府も中国の植林事業を支援してきました。今では中国政府と中国人自身が、植林の重要性を理解し、植林事業を力強く推進しています。植林活動の先駆者である日本の遠山正瑛氏は内蒙古自治区などで多くの中国人の記憶に残り、感謝されており、その記憶が更に多くの人の植林活動を励ましています。いわば「人の心に木を植える」成果がでているのだと思います。

このように、広い範囲の人たちが事業に参加することは、その事業を始めた人たちをいつまでも記憶することにもつながります。そして更に活動の大きな輪、連帯が広がっていくことでしょう。これが「『陰徳』を積む」ことの成果であり、「陽報を得」ることではないかと思います。

(井出敬二 前在中国日本大使館広報文化センター所長)

「チャイナネット」2008年12月15日

 

 

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