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松下幸之助と鄧小平の「君子の約束」(2)
発信時間: 2008-11-04 | チャイナネット

松下「良き経営者は孫悟空のように神通を広げなければなりません」

鄧小平「中国の近代化建設では孫悟空が不足しているのです」

支援の約束を早急に実現するため、1979年6月、松下幸之助は中国を訪問した。

写真:鄧小平は1979年6月29日、松下電器産業の最高顧問である松下幸之助一行と会見した。

新中国建国後、初めて中国を訪れた世界クラスの企業家だったことから、松下幸之助は国賓級の待遇を受けた。民間の企業家がこうした破格の待遇を受けるのは、過去例のなかったことである。

松下幸之助は北京に着いたその日、京劇「孫悟空大閙天宮(孫悟空、天宮を大いに騒がす)」の鑑賞に招待された。

数日後、鄧小平との会談で「一昨日、『孫悟空大閙天宮』を鑑賞しました。孫悟空の神通は広大でした。経営管理者も孫悟空のように神通を広げていくことこそが大切です」と語った。

鄧小平は答えた。「中国の近代化建設では孫悟空が不足しているのです」

松下電器産業はその後、「孫悟空」を打ち出そうと中国の支援に乗り出す。松下幸之助の訪中期間中、中国政府と「技術協力第一号」協定が結ばれ、上海電球工場にモノクロブラウン管プラントが提供されることになった。同工場は工場建設を前に、日本の松下電器産業に社員を研修と視察のため派遣した。その多くが近代化建設の「孫悟空」となり、全国人民代表大会常務委員会の呉邦国もそのうちの一人である。呉邦国は第2次松下視察団の責任者を務めた。

2003年、呉邦国は松下電器産業を訪問した際、研修した当時の写真を目にして、「かつて住んでいたところをまた来ることができ、感無量です」と語った。

鄧小平は松下幸之助と会見した際、さらに改革開放や外国との技術協力などの問題について意見を求めた。

当時、接待担当を務め、現在は中日友好協力協会副会長の座にある陳永昌は、「松下幸之助は自らの考えを非常に真剣に述べた。大企業のトップとして、中国の改革開放では内外の中小企業との交流をおろそかにしてはならないと提言した」と振り返る。

鄧小平は松下幸之助の真摯な姿勢に心打たれ、「大企業として、あなたのような意見は、まったく初めのことです」

松下幸之助は「中国の電子工業の近代化を必ず支援していく決心です」と述べるとともに、日本電気などと共同で、電子工業化の急速な発展を支援していく構想を提起した。

松下幸之助が帰国する前に、鄧小平は再度会見し、この問題について協議した。

(文中敬称略)

松下幸之助と鄧小平の「君子の約束」(1)

「チャイナネット」2008年11月4日

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