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「日本のお母さん」、中国の子どもたちの笑顔が見たい
発信時間: 2008-11-14 | チャイナネット

夕食をとる子どもたち

「趙男男さんでしょう、それにこっちは朱紅偉さん」。11月12日、竜愁麗さんは瀋陽の空港で、出迎えに来た子どもたちを見てその叫んだ。「みんなの元気そうな顔を見ることができて本当にうれしい。テレビの番組では、子どもたちが柏剣さんのスニーカーを買うために、食費を切りつめてお金を貯めていた。今度は私がみんなにはきやすいスニーカーを買ってあげる」

竜愁麗さんは車で1時間かけて瀋陽から鞍山市に向かった。そして子どもたちと一緒に簡単な食事を済ませると、スポーツ用品売り場で子どもたちのためにスニーカーを買った。

「みんなの笑顔を見ることができて本当によかったです」と、真新しいスニーカーを履いた子どもたちを見て竜愁麗さんはうれしそうだった。

鞍山市に行きたい

今年65歳の竜愁麗さんのご主人は、日本で著名な切り絵作家の宮田雅之さんだ。一生、日中友好や日中民間文化交流に捧げた宮田さんは11年前に突然亡くなり、竜愁麗さんは夫の遺志を継ぎ、日中友好のために力を入れてきた。今は何人かの中国留学生の後見人や身元保証人になり、学費を負担できない多くの子どもたちを援助している。援助を受けている子どもたちは親しみを込めて竜愁麗さんを「日本のお母さん」と呼ぶ。

今年の7月12日の夜の番組でNHKは、遼寧省鞍山市の第2中学校で体育教師をしている柏剣さんが、苦しい生活の中で家のない20人余りの子どもを引き取って育て、長距離走を指導しているドキュメンタリーを放送した。それを見た竜愁麗さんは深く感動。そして一晩ほとんど眠れず、翌日に柏剣さんと子どもたちを援助しようと決心した。

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