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1978年日本の旅 鄧小平氏が訪日で学んだもの
発信時間: 2008-12-03 | チャイナネット

1978年は、中国の国家戦略に大きな転換が起こった年だ。中日両国は同年8月、「中日平和友好条約」を締結。続く10月22~29日、鄧小平氏が、中国の指導者としては戦後初となる正式訪日を行った。この訪問は、「中日平和友好条約」の批准書交換セレモニーに出席するためのものだったが、鄧小平氏にとっては中国近代化の大戦略を準備するための学習の旅でもあった。中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議の直前に実施されたこの旅の中で、中国の改革開放の総設計者である鄧小平氏は、改革開放の壮大な青写真を心に描き、中国をいかに発展させていくかを考えていた。

訪日した鄧小平氏は、東京の記者クラブで記者会見を行い、高い注目を浴びた。記者会見には、共同通信・時事通信・ロイター通信・UPI通信・AP通信・AFP通信・DPA通信など有名通信社から400人余りの記者が駆けつけた。中華人民共和国の指導者が「西欧式」の記者会見を行ったのはこれが初めてだった。

中国の近代化に関する質問を受けた鄧小平氏は、実務的で開放的で率直な自らのスタイルを西側記者らに示し、「我々は、今世紀末までの近代化実現を掲げている。そこでいう近代化とは、その頃(20世紀末)の世界の水準に迫った近代化を指す。世界は飛躍的に発展しており、その頃の水準、例えば日本のその頃の水準は、現在の水準を超えたものとなっていることだろう。我々にとっては、日本や欧州や米国の現在の水準に達するだけでも容易ではない。22年後の水準に達するのはさらに困難だ。我々はその困難をはっきりと認識した上で、このような遠大な志を立てた」と答えた。

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