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第1回 堺屋太一代表、金融危機の中の上海万博を語る
発信時間: 2009-03-12 | チャイナネット

 上海万国博覧会(上海万博)事務協調局と上海万博日本産業館出展合同会社は北京で9日、日本産業館の出展契約に調印した。産業館のテーマは「日本が創るよい暮らし」で、上海の元江南造船所の跡地に、テーマ別の展示や日本のグルメ、お土産コーナーなどが設けられる。「チャイナネット」は、金融危機の中で着々と準備が進められている上海万博について、日本産業館の堺屋太一代表兼総合プロデューサーにインタビューを行った。

日本産業館の堺屋太一代表(3月9日撮影)

1、不況の中で始めた万博は成功する

米国のサブ・プライム・ローンに始まった金融危機が全世界に広がり、実態経済にも深刻な打撃を与えている。こうした不況の中、上海万博は成功するのだろうかと心配している人も多い。しかし、堺屋代表は「不況で始めた万博のほうが成功する」と、意外と楽観的だ。

前日行われた出展契約の調印式で堺屋代表は、「目下は世界大不況、日本産業館への出展にも難しい状況がありました」とあいさつの中で述べたが、景気が悪い中での出展企業の誘致には、苦労も多かったことが想像できる。今のところ日本産業館への出資企業は14社で、まだ3社ないし4社の参入余地があるという。

このような社会情勢の中で、堺屋代表は上海万博に対してとても楽観的だ。

「過去の例を見ると、不況の時に着手した万国博は必ず成功しています。例えば1975年に開催された沖縄海洋博。この準備が始まったのは1973年秋ですが、まさに石油ショックの真っ只中であり、日本は戦後最大の不況時でした。一時は中止論さえ出ましたが、実際は大成功。沖縄を日本一の観光地にする原動力になりました」

「海外でも大成功だったのが、1992年のセビリア万博です。準備が始まった1990年は日本のバブルが弾け、米国でもジャンク・ボンドが破綻し、S&P(貯蓄貸付け組合)が1000以上も行き詰った時期でした。ところがセビリア博は入場者が予想の1.6倍で、大変な黒字になりました」

「1933年開催のシカゴ万博は、株も物価も大暴落している世界大恐慌の1930年に準備が始ままりますが、それも大成功し、それ以来、不況期に準備が始まる万博は大成功するといわれています。同じことは愛知万博にもいえます。日本の2003年は景気が悪く、株が大暴落した時期でしたが、2205万人が訪れ、規模のわりには大成功でした」

堺屋代表は、「現在の世界不況時に着工した上海万国博覧会も必ず成功する」と自信満々だ。

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