ホーム>中日両国
japanese.china.org.cn | 21. 04. 2016

王敏教授:日本人が好きな『西遊記』は日本の文化を加えた混成文化

タグ: 王敏 西遊記 宮沢賢治

唐僧・三蔵法師が白馬に乗り、神通力を持った孫悟空、猪八戒、沙悟浄を供に従え、幾多の苦難を乗り越え天竺での取経を目指す中国の有名な伝奇小説『西遊記』は、いつ日本の庶民の読み物になったのか。日本の文学界にどのような影響を与えたのか。今も人気がある理由は何か。法政大学国際日本学研究所の王敏教授はこのほど、日中友好会館の招請に応じ、同会館の恒例講座「後楽講堂」と法政大学国際日本学研究所の共催で、四十数名の中国人留学生や訪問学者の前で『宮沢賢治と西遊記』というテーマの講演を行った。

1982年に中国の派遣による日本国費研究生として日本に行き、2000年に御茶ノ水女子大学で外国人女性として人文博士号を取得した王敏氏。2003年から法政大学国際日本学研究所の教授になり、長年にわたり中日文化の比較や東アジア文化の研究に携わり、日本における治水神禹王、蚕種祭の由来と発展、日本とシルクロードなどの課題で著しい成果を上げ、これまでに168冊の著書を刊行した。『宮沢賢治と西遊記』は博士号論文の一部だった。

王教授によると、100話からなる『西遊記』が日本に導入された経緯は不明だが、江戸時代後期にはすでに庶民の間に閲読ブームが起きていたとされる。『西遊記』を翻案したり研究したりする文学者や研究者も多く、宮沢賢治氏もその影響を受けた一人だった。

子供時代から『西遊記』を愛読していた宮沢賢治は、「申年」の1896年生まれということから脳裏に「サル」との共存を想像した部分があったようで、孫悟空を代表とする『西遊記』に親近感を持ち、だんだん真実の世界を忘れるほど夢中になっていった。彼の童話や小説、詩歌などの作品には「悟空」、「師父」、「西天」などの言葉や「行者火渡る」などのエピソードが数多く登場し、『西遊記』が彼の頭に根付いていたとわかる。

『西遊記』ブームは今も続いている。それを土台に改編したドラマや映画、ゲームなどは年齢問わず日本で広く歓迎されており、毎年5月5日の「子供の日」三蔵法師の役をする慈恩寺の住職さんに5歳から7歳の子たちが孫悟空の服装をして、玄奘祭に参加するのは一例である。これらの現象から、日本に対する中国の伝統文化の影響が裏付けられるだろうと王教授は述べた。

しかし、日本人に受け入れられた『西遊記』は、中国語の原著と全く同じわけではないと王教授は強調した。そのキャラクターや物語は、日本人が中国語の原著に基づいて自国の理解や思想を加えた混成文化である。このように加工された日本人の目の中の『西遊記』こそ、日本で長く歓迎されているものだという。

これに対して、日中友好会館留学生事業部の夏瑛部長は大いに賛意を表した。彼女は中日合作アニメ「三国志演義」がアニメ大国の日本で冷え込んだことを例に挙げ、「対外交流の過程で、どのように中国の物語をよりよく説明するか、どのように対象国の人々によりよく理解してもらうかは、しっかり考えなければならない課題である」と語った。

講演が終わった後、王教授は興味津々の学生たちの様々な質問に答えた。「豊かな知識を教えていただいただけではなく、物事に対する新しい見方、考え方、捉え方も見せていただき、本当に素晴らしかったです」と、留学生たちは次回の講演を待ち望んでいる。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2016年4月21日

1   2   3   4   5   次へ  


 

コメント

コメント
名前
最新コメント (0)