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japanese.china.org.cn | 26. 11. 2013 |
今年32歳になる重慶市のカメラマン傅定彦(フー・ディンイェン)さんは、フィリピン・マラパスクワ島で中国人が経営するダイビング倶楽部でダイビングを習うため、今月7日に香港からフィリピンのセブ国際空港に飛んだ。傅さんは台風「ハイエン」の上陸情報を耳にしていたため、少しでも早くマラパスクワ島に渡ろうと飛行機を降りてすぐに埠頭へと向かった。しかし、フィリピン政府が船の出港禁止令を発令していたため、港はがらんとして一隻の船も見当たらなかった。傅さんは仕方なく近くのリゾート施設skip's beach resortに宿泊した。
翌8日、台風が直撃。風はますます強くなり、道路脇の椰子の木や電信柱はすべて同じ方向になげ倒されていった。空にはさまざまな物が舞い、台風の破壊力の大きさを物語っていた。傅さんは現地で知り合った米国人の旅人と一先ず食料を買い集め、現地の村人たちにも分け与えながら、近くの学校へと駆け込んだ。校内の廊下にはすでに多くの地元住民が避難しており、二人は地元住民たちで溢れかえる教室で、扉や窓を机で補強して静かに台風が過ぎ去るのを待った。「この時台風が凄まじい勢いで校舎を襲って来たのが分かり、屋根には物が直撃する音が鳴り響いていました。子どもたちを守ろうと、大人四人がかりで教室の木製扉を机で押さえつけていましたが、強風が襲いかかるたびに扉が机諸共押し開かれそうになりましたが、必死にまた押さえつけるのでした。そんなことが3時間何度も繰り返されました。扉の隙間から吹き出る水に、我々は全身水浸し状態で、寒さと飢えで体力は限界に近づいていました。ある女性が我々が分け与えたパンを私に持ってきてくれましたが、断って自分が食べるよう勧めました。」傅さんはそのときの状況をそう振り返るのだった。
10日早朝、船の輸送が再開されると、傅さんはマラパスクワ島へと向かった。台風は無残にも島の大部分の住宅や船を破壊していた。14日、ダイビングショップを経営する中国人がSAVE MALAPASCUAという慈善活動を始動させ、中国国内で募金を募り大量の物資を購入して島の住民に配布した。傅さんもそのメンバーの一人だった。
11月20日、傅さんはマラパスクワ島を後にして無事重慶へと戻った。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2013年11月26日
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