塞罕壩機械林場の北東にある紅松洼自然保護区に樹齢200年を超える落葉松がある。高さ20メートル以上で、幹が赤い布で覆われており、地元住民から「功労樹」と呼ばれている。(写真:房碩/人民画報)
「まず坂を作り、それから巣を作る」、「まず生産し、それから生活する」というのが当時の塞罕壩の人たちの耕地開拓に対する考えだった。
彼らは「林の一代」と言われる。
真夏に塞罕壩を車で走ると、空気が体にしみわたる。見渡す限りの緑は55年前に荒漠であったとは想像できない。
1961年11月、雪の地の塞罕壩で、彼らは砂漠の南への拡大に対処するため、林場予定地である当時の林業部国営林場管理局の劉琨局長を先頭に馬にむちを打って走らせた。3日かかっても成果がなかった時、ようやく塞罕壩の北東方向に1本の落葉松が見えた。さらに亮兵台や石廟子などにも燃えた木の根を発見し、何度も論証を重ね、落葉松がここで生き延びることがわかった。
「林の一代」は最も必要とされる場所に向かう。
(署名のない写真は塞罕壩機械林場が提供)
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2017年9月15日