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文化財保護の足跡
発信時間: 2009-03-10 | チャイナネット

1956年、中国科学院の考古学調査班が初めてチベット北部で旧石器時代の遺跡を発見した。それをきっかけとして、新中国のチベットにおける考古学的発掘と文物保護が同時に展開されることになった。その後、長い歴史を持つチベットの民族文化を早急に保護するため、中央とチベット自治区政府は毎年、大量の人力と物力を投入してきた。

1959年6月、チベット工作委が「文物資料の管理を強化する決定」を公布し、そして「中国共産党チベット工作委文物旧跡・文献資料管理委員会」を設立したうえ、その傘下に「文物管理グループ」が設けられた。チベット文物管理機構が設置されたあと、文物遺跡を確実に保護するため、ラサ市人民政府は文物保護公告を公布した。

1961年2月、郝樹屏、多吉人才郎(ドジツァイラン)、劉志清、屠思華氏らがラサ澎波農場北東にある8つの古代墓地を整理した。これは漢民族の考古学者とチベット族考古学者がチベット自治区域内に行った最初の共同作業だった。

同年、ポタラ宮、大昭(チョカン)寺、甘丹(ガンデン)寺および歴代チベット王の墓など8つの遺跡が国務院によって国家重点文化財保護指定を受けた。

1972年、国の資金投下によって、大昭寺と扎什倫布(タシルンポ)寺の修繕工事が始まった。

1978年5~9月、自治区文物管理委員会(以下「文管会」と略)の考古学調査グループがチベット昌都(チャムド)地区にある卡若(カロ)遺跡を試発掘した。これはチベットにおける最初の考古学発掘として、中国フィールド考古学のチベット地区における空白を埋めるものとなった。

1980年1月、同文管会はポタラ宮の対外開放を正式に公表した。同年7月、チベット自治区人民政府は「文物の保護と管理を強化する通告」を公布した。

1981年、同文管会は日喀則(シガズェ)扎什倫布寺の強巴(チュムバ)殿の修繕工事に着工した。同年9月、同文管会の山南(ロカ)地区文管会の考古者が林芝(ニンチ)地区朗県金東区でチベットにおいて最大規模の古代墓葬群――列山墓地を発見した。

1982~1983年、チベット自治区は重点文化財保護の指定を受けた昌珠(チャムチュ)寺、歴代チベット王の墓、桑耶(サンヤ)寺、雍布拉康(ユブラカン)、敏珠林(ミンチュリン)寺を修復した。

1983年、国の資金で、日喀則地区にある薩迦(サキャ)寺大経堂の修繕工事に着工した。

1984年、同文管会はラサ北郊外から5キロを離れた曲貢(チュゴン)村で曲貢遺跡を発見した。

1985年3月、中国共産党チベット自治区委員会と政府は「文物の保護と管理をさらに強化する決定」を打ち出した。

1986年1月、自治区文化庁、宗教庁は桑耶(サンヤ)寺修復指導グループを設け、桑耶寺の修繕工事を始めた。

同年3月、チベット自治区文物庁は日喀則の夏魯(シャルン)寺に対する修繕工事に着手し、5月、国から50万元の資金を投下して、阿里古格(グゲ)王国の紅宮、白宮および壇城殿などの重要な建築物の修繕工事に着手した。7月には、自治区人民政府が768万元を投下して、山南桑耶寺中本殿および一部建築群に対し、工期3年の修繕工事に着手した。

1987年、国の60万元の資金によって日喀則(シガズェ)の夏魯(シャルン)寺の中降殿と一部建築群の修繕工事が行われた。

1988年10月、国務院は専用資金を計上してポタラ宮の修繕を決め、中国共産党中央政治局委員、国務委員・李鉄映氏を名誉グループ長とする指導グループを設置した。

1989年10月11日、ポタラ宮の修繕プロジェクトが民族の風習と宗教儀規に基づいてスタートされ、総投資額は5500万元以上に達した。

1990年8~9月、中国社会科学院考古研究所のチベット調査チームとチベット自治区文物管理委員会が共同で設置した共同調査チームはラサ曲貢遺跡に対する初めての発掘に着手し、発掘面積は500平方メートルを超えた。

2002年6月から正式に実施されたポタラ宮、羅布林卡(ロブルンカ)、薩迦寺のチベット三大重点修繕プロジェクトは中国における建国以来最大規模の文物修繕工事となり、総投資額は3.3億元に上るものとなった。

「チャイナネット」資料

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