57歳のニマさんは民主改革前には荘園主の農奴で、毎日を怯えながら過ごしていた。父は荘園主のために羊を放牧していた。ある日、一匹の羊が田に入ったため、父は荘園主に木に丸一昼夜吊らされた。父の体調がずっと悪かったため解放軍は病院に連れて行き、やっと治療や手当てを受けることができたのだという。
「民主改革の時、5人家族の我が家は20ムー(15ムーは1ヘクタール)、9部屋の屋敷、一頭の牛、一本のプラウを獲得した」ニマさんは当時の光景をはっきり覚えている。
1999年、ニマさんは村民委員会主任となり、村の人々を率いて土地の整備を行い、野菜の栽培と黄牛の種の改良に力を入れ、村民の都会への出稼ぎを奨励した。現在、村民たちの収入は増加し、一人当たりの現金収入は7000元を超え、51世帯のうち45世帯が新居を建てた。近年の中央のチベット自治区に対するインフラ整備強化につれ、ニマさんの家は2台の建設工事専用車を購入し、昨年の収入は26万元に達した。またニマさんは四川省の地震被災地に5万元を義捐した。
「厳寒を経験した者は最も太陽の暖かみを感じ取れる。裕福な生活を送っている私は永遠に党と政府の恩を忘れられない」とニマさんは語っている。
「チャイナネット」2009年3月10日