聖火台への点火について、張芸謀氏と張継鋼氏はともに、点火者である候斌さんに賞賛の意を表している。張芸謀監督によると、聖火台への点火方案や人選が確定された後、候斌さんはすぐにその訓練を開始した。始めの頃、33歳になる候斌さんにとって、その訓練は容易いものではなかったようだ。ワイヤーに釣られている間は、力を緩めることができるが、左脚を失った障がい者が、しかも車椅子に乗って、両腕の力だけでよじ登ることの難しさは想像に難くない。候斌さんは、1度目の練習で、10mほどよじ登るのがやっとだった。この間5分。だが、正式には39mの高さまでよじ登り、点火しなければならない。開幕式運営チームから、もしもの場合、観客から見えている3mの高さの聖火台の下にある13mの昇降リフトを使う案が出されたことがある。もし、上までよじ登ることが出来なかったら、この13mの高さのリフトが候斌さんを下から持ち上げ、よじ登る距離を短縮させる、といったものだ。
だが、候斌さんは、張芸謀氏と張継鋼氏に絶対の自信を与えていた。20日ほどの訓練を経た候斌さんは実力がかなり付いていた。開幕式の7、8日前には、候斌さんは大興区の訓練基地で、30m分のロープを2分47秒で引っ張ったことを告げた。張継鋼氏によると、9月4日には、候斌さんは「他に選択は無いよ、自力でよじ登るだけだ。空中で休みながらでも、上までよじ登るしかない」と述べたという。
張継鋼氏は、パラリンピック開幕式の聖火台への点火セレモニーの間、流れる音楽もその時間に合わせることを承諾した。張継鋼氏によると、候斌さんが点火地点まであと3分の1に近づいたとき、太鼓をたたく音楽に変わった。「候斌さんがよじ登るのに3分間かかれば、この音楽も3分間演奏されるように予定していた。もし1分間で済めば、この音楽も1分間だけとなっていた」と、張継鋼氏は述べている。
「人民網日本語版」 2008年09月09日
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