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japanese.china.org.cn |22. 12. 2017

魚の骨をアートに変える漁港の夫婦

タグ: 浙江省 象山県 石浦漁港 魚の骨 漁民


 浙江省象山県石浦漁港の劉云良さんの家の屋根裏には、十数平米のアトリエが設けられ、大小の魚の骨や鱗が山と積まれている。一見したところありふれた魚の骨は、劉さんの手にかかると、生き生きとした小鳥や竜、大樹、干支の動物に変身する。


 象山に伝わる魚骨造型芸術の無形文化継承者である劉さんは、創作のインスピレーションを、先祖が伝えてきた魚骨の鳥から得ている。


 漁民にとって魚骨には幸福と平安の意味がある。劉さんの先祖も漁民だった。小さい頃、劉さんは玩具は持っていなかったが、祖父や父が食べ残したヒラ(魚)の頭骨で鳥を作ってくれたものだった。そうした思い出は、劉さんの子ども時代に限りない喜びを添えた。そばで見ているうちに、劉さんも魚骨鳥作りを覚えた。


 「石浦には伝説がある。ある漁民が漁をしていた時、小竜女の化身の魚を捕まえ、それを放した。小竜女は恩を感じ、漁民のことを日夜思い、やがて愛するようになった。だが老竜王は小竜女を閉じ込めた。見張りに立たされたヒラは可哀想に思い、自らを犠牲にし、その頭骨を魚骨鳥に変え、小竜女を漁民のもとに連れて行き、二人はめでたく結ばれることとなった。夫婦はこの忠実なヒラを覚えておくため、魚骨鳥を窓の前にかけた」


 劉さんは、「私たち夫婦もこのめでたい愛情の伝説がとても好きだ」と語る。劉さんと妻の裘亜素さんはいずれも手作りが好きで、魚の形の灯籠や魚の形の編み物、匂い袋などの手工芸品を作ることで、夫婦二人でなかなかの収入を得てきた。器用な両手を通じて、二人は、百万元余りを投じ、美しく大きな西洋式の家屋を建てた。


 夫婦に息子ができた後、劉さんは、先祖代々伝えられてきた魚骨アートの腕前を使って、息子の玩具に魚骨鳥を作った。ある偶然のきっかけから、劉さんは魚骨鳥に啓発され、魚の骨を使ってさらに多くの手工芸品を作るようになった。

 ありふれた魚の骨や鱗は、劉さんの器用な両手によって少しずつ宝に姿を変え、今にも飛びそうな鳥や帆を揚げて旅立とうとする宝船、花の咲き誇る大樹などに生まれ変わった。


 「創作の新たな造型にはインスピレーションが必要だ。インスピレーションが数日得られず、ただ座っているだけで苦しむこともあった。だが新たな作品ができた時の感動はやはり大きい。魚骨アートを作るには、心を鎮め、腰掛けにしっかりと座り、孤独に耐えられるのでなければならない」と劉さんは語る。


 魚の骨や鱗などの創作のための原料は色で染めたり、切られたりせず、自然本来の様子を示していなければならない。「東中国海の400種余りの魚類の骨や鱗は私たちにとっては宝で、どれも魚骨アートの創作に使える」と劉さんは語る。


 良い魚骨を探すため、劉さんは市場にさまざまな魚を買いに行く。1匹300元する魚も、劉さんは躊躇なく買って来る。かつて魚を売っていた経験があることから、劉さんは魚の構造を熟知している。


 劉さんは魚の骨や棘を取り除いた後、残った魚肉は隣近所に分ける。隣近所の人々も、劉さんのこの絶妙な技を知った後、魚を時べる時には魚の骨や棘、鱗を劉さんのためにとっておいてくれるようになった。


 周到な劉さんは創作した40件余りの作品の版権保護登録をしてある。無形文化遺産プロジェクトの展示に参加すると、劉さんの魚骨アートの展示品を買いたいとやってくる人がいるが、売る気になれなかった。劉さんは、自分はまだ沈殿期にあり、さらなる蓄積が必要だと語る。


 「我々石浦には独特の旅行商品がないという人がいる。魚骨アートを石浦の漁文化の代表的な商品とし、この無形文化遺産をさらに発揚し、村民皆の富裕化を促したい」と劉さんは自らの願いを語った。

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