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japanese.china.org.cn |12. 08. 2021

西藏支援小児科医の高原への思い

タグ: 西蔵 支援 医師 子児科 医療

 

 「人類の病だけでなく、健康の手助けもし、医術の神聖さと栄誉を守ることに全力を注ぎ、瀕死の者を救助し、負傷者の世話をし、苦労をいとわず、祖国の医療衛生事業の発展と人類の心身の健康のために生涯努力することを決心した」。今年は鄭皖亓さんがこの医学生の宣誓をして15年目になり、小児科西藏支援医師として臨海都市の大連から神秘的な雪原に来て仕事をする初めての年でもある。


 鄭皖亓さんはもともと、大連医科大学附属第二医院の小児科医だった。2020年初め、周りの同僚が防疫の最前線に行く姿を目にし、「党と人民に必要とされる限り、どれほど困難で厳しい条件でも、行こう」と決心した。同年11月、病院は遼寧省第5陣「チーム式」医療西藏支援募集の通知を発表した。鄭皖亓さんは、小児科は標高4500メートルに達する那曲市人民医院での勤務になることを知り、家族と電話で話し、20分考え、自分の名前を応募用紙に書いた。


 高原に来たばかりの頃は高山病、言葉が通じない、医療設備が遅れているという3つの困難に直面した。幸い、那曲医院の指導者による十分なサポートがあり、寮に配られた酸素濃縮器と定期的な身体検査のおかげで、彼女はすぐに高山病を克服できた。可能な限り、病院は医療設備の面でサポートした。中国語がわからない患者がいると、病院の西藏族の同僚、さらには指導者が自ら通訳を担当した。3つの困難を乗り越え、鄭皖亓さんは今後の仕事は順調にいくと自信を持つことができた。


 西藏支援医師の主な仕事は、日常の往診、回診、さらに重篤患者の応急処置、現地医師の指導などである。救急の患者がいると、鄭皖亓さんも往診に参加する。


 高原での仕事は大変だが、鄭皖亓さんは地元住民が西藏支援医師を信頼していることに感動した。西藏支援医師が派遣される前は、現地の病院で治療を受けられず、ラサの大きい病院で治療を受けなければならない患者もいた。西藏支援医師の努力により、現在は多くの病気が現地で治せるようになった。鄭皖亓さんは、「この世界で、人のために何かをしたいと心から思えば、コミュニケーションの障害など存在しないと感じる」と話した。


 普段の病院での診察以外に、鄭皖亓さんは同僚と那曲市周辺の町に往診に行き、貧困地区の小児患者の不安を取り除くと同時に、児童の健康に関する科学普及宣伝も行っている。


 鄭皖亓さんは第4陣西藏支援の一部隊員が期間終了後も残ることを選んだと知り、その責任感と使命感に深く感服した。「家から離れたが、国に近づいた。青春を神秘的な雪原に注ぎ、コスモスとともに羌塘草原に咲き、高原の児童の生命と健康のために少しでも貢献したい」と話した。鄭皖亓さんは高原を心から愛し、民族団結の美しい花を広大な雪原に咲かせるために努力している。

 

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