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japanese.china.org.cn |11. 10. 2018

島を守り続けた父、志を継ぐ息子

タグ: 孤島 開山島 民兵 哨所 

 


王志国さん(右から1人目)一家と両親が2017年9月12日、開山島で国旗に敬礼した。


王継才さんは生前、江蘇省灌雲県開山島民兵哨所の所長だった。開山島は中国の黄海の前哨にあり、その面積はサッカーコート2枚分しかないが、戦略的に極めて重要な位置を占めている。1986年、当時26歳の王継才さんは島を守る任務を受け、それから妻と共に島を家とし、孤独な暮らしを始めた。


水も電気もなく、植物さえ生きていけないような孤島を静かに守り、常人には耐えられない苦しみに打ち勝ち、常人では想像できないような孤独と寂しさにも負けず、青春のすべてを祖国の海洋防衛事業に捧げた。王さん夫妻は2014年に、全国「時代模範」に選ばれた。


王継才さんは今年7月27日、勤務中に急病になり、治療の甲斐なく亡くなった。享年わずか58歳。


31年前のある日の夜、王仕花さんが長男の王志国さんを出産した。2人の小島は、3人の家になった。


幼い頃から両親と共に島を守ってきた王志国さんは、両親と共に島をめぐり旗を揚げ、設備を点検し海洋防衛日誌を書いた日々を覚えている。学齢期になると、6歳の王志国さんは船首に立ち、島の両親に手を振り別れを告げ、また幼年時代を過ごした小島に別れを告げた。


幼い頃から苦しい暮らしに慣れている王志国さんは、同世代の人よりも成熟し落ち着きがある。大学の頃から長期的に、仕事と学習に励む質素倹約の日々を送り、ついに願いが叶い南京航空航天大学の大学院に合格した。有名校の卒業証書、豊富な社会の実践、苦しみに耐える精神力により、多くの有名企業から注目された。しかし王志国さんは、父から志国という名を授かったのは、国防を志して欲しいからだと知っていた。


王志国さんは2013年、共和国武装警察国境防衛警官になり、江蘇省国境防衛総隊灌南国境防衛大隊で勤務を開始した。休暇に島に戻る時には、いつも軍服を着ていた。父がそれを最も喜ぶことを知っていたからだ。


王志国さんは5年間の勤務で、公安部のカンボジア、フィリピンなどへの護送行動をサポートする出入国勤務作業に多数参加した。「両会」の安全保障、「国家追悼日」の安全保障、「G20サミット」の安全保障など、各種重大安全保障活動に十数回参加した。出入国旅客を累計18万人以上検査し、終始「ミスゼロ、クレームゼロ、規律違反ゼロ」記録を維持している。27件の違法・規定違反を調査・検挙し、7人の逃走中の犯人を発見・逮捕し、1人の外国籍の容疑者の入国を発見・阻止し、国の出入国活動に貢献している。


王志国さんは「私は島を守り、お前は国の扉を守るのだ」という父からの言いつけを胸に刻んでいる。王志国さんは、父は島を一生守り、その命により「動けなくなるまで守り続ける」という約束を守ったと話した。王志国さんは現在、開山島から400キロ離れた南京空港の国の扉という別の「島」で、父の王継才さんの仕事を引き継いでいる。

 

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