世界からそして国内から伝えられるニュースのすべてが、どこかで「中国」にかかわると言っても過言ではない毎日となっている。バイデン政権に代わった米国は、同盟国である日本はじめオーストラリア、欧州などの各国を巻き込んでの対中国牽制、対抗の構えに余念がない。しかし、皮肉にも対中対決に注力すればするほど、世界における中国の存在感が一層大きくなり、米国単独覇権の衰退過程に入っていることをわれわれに告げ知らせることになっている。
冷戦の「終結」、資本主義の勝利が語られて30年余り、世界的な金融危機を経て金融の肥大化したマネーゲームによる「欲望の資本主義」が引き起こす数々の不条理に、人々の「異議申し立て」のうねりが起きている。そして、資本主義の行き詰まりに行くべき道を見出せない混迷の時代となっている。まさしく時代は大きな歴史的転換期にさしかかっていることを実感する。
一方、7月には中国が掲げる「二つの百年」の一つ目の節目、中国共産党結成100年を迎える。この歴史的な画期を前にして、中国が世界に語りかけるものとその意味について少しばかり考えてみることにする。
いま、中国について考える営みのすべては「中国の特色ある社会主義」に収斂すると言っても過言ではないだろう。まず、1921年の中国共産党結成から49年の中華人民共和国成立に至る中国革命の道において、続く人民民主主義から社会主義建設の途上において、さらに改革開放を経てより高い段階の発展した中国社会の建設をめざす「新時代の中国の特色ある社会主義」へと、それぞれの時期、段階を貫く思想・哲学、戦略そして具体的な政策はすべて「中国の特色ある」ということが貫かれ世界史的な意味を持っている。言葉を変えると、中国革命はなぜ勝利できたのか、そしてその後の中国社会の建設と成長発展をなぜ可能にできたのかということの「答え」でもある。
ひと言でいえば、それは「実事求是」に尽きる。
そもそも西欧で生まれたマルクス主義の思想、理論は真理を語るものであったとしても、そのままに「輸入」し、いわば現実を理論に合わせるという逆立ちした思考では勝利は望めなかった。加えて、ソビエト10月革命という歴史的な偉業を前にして、その引き写しではなく、あくまでも中国の実際に分け入って中国の民衆の苦しみに寄り添い、人民大衆に依拠して帝国主義列強の支配に抗し、半封建的支配を打ち破り、内戦をも戦うというのは言語に絶する困難な道だったに違いない。多くの犠牲を伴った幾多の試練を乗り越え、血のにじむような長征を果たし革命根拠地を築き、中国の農村社会の分析つまり中国の現実に根差した戦略、戦術によってはじめて農民、労働者、人民を立ち上がらせ、新中国の誕生に結実させることができたのだった。中国の歴史と伝統にもとづく精神、文化、社会の仕組み、そして人々の感情など、中国社会の具体的な実情に立脚して闘いの道を確立したからこそ到達できたものだった。
この中国革命の歴史が現代世界に語りかけるものは実に重い。
「借り物」の思考では社会の矛盾の解決にはおぼつかない、という教訓である。中国の歩んだ道は、なによりも「実事求是」と人民大衆に依拠することの重要性を世界に語りかけている。
つぎに、「新時代の中国の特色ある社会主義」が語りかける意義である。
大きく言えば二つあると思う。
一つは、依然として貧困からの脱却、経済発展をめざす確たる道を見出すことのできないアジア、アフリカ、ラテンアメリカの途上国にとっての意義である。かつて帝国主義列強による植民地支配を経験し、第2次世界大戦後独立を遂げたにもかかわらず、過去の帝国主義による支配、収奪によって資本蓄積、経済・産業基盤の形成が脆弱で国の治政に苦しむこれらの諸国にとって、目覚ましい発展の道を歩む中国の経験が語りかける示唆と可能性はきわめて大きな意味を持ってくると言えるのではないだろうか。その重要なツールが「一帯一路」イニシアティブだ。
習近平主席は「一帯一路」は「互恵・ウインウインの道であり、各国の経済をいっそう緊密に結びつけ、各国のインフラ建設と体制・仕組みの刷新を促し、新たな経済成長点をつくりだし、雇用拡大を推進し、各国経済の内生的原動力とリスク抵抗力を増強する」(「習近平 国政運営を語る」351頁)と語っている。この「内生的原動力」という言葉が意味するものは極めて重い。それぞれの国が自らの内に持つ力を呼び起こし、人々を立ち上がらせその力をフルに発揮して新たな経済成長の道を生み出す、その糸口となるのが「一帯一路」だというのだ。その触媒として中国が各国と手を携えて役割を果たしていくというのである。
世界はかつての垂直分業から途上国も加速度的にグローバルバリューチェーンの競争に加わるという水平的分業の時代に変わってきている。それだけに、「一帯一路」にこめられた、共に支え合い、共に力を発揮して、共に繁栄を享受するという思想こそが、21世紀の新たな世界秩序となるべき思考であり戦略である。また経済にとどまらず、上海協力機構をはじめとする多様な国際的協力システムによって平和的な共存の道がひらけていることも、忘れてはならないだろう。
つまり中国が進める「特色ある社会主義」にもとづくグローバルな構想としての「一帯一路」が、経済から安全保障にまでおよぶ新たな世界のあり方を包括的に指し示すことになっているのだ。さらに加えれば、かつて何世紀にもわたってシルクロードを通じて東西の交易と文化の交流を重ね、文明間の相互理解を深めてきた中国の歴史の分厚い蓄積が、今の時代に大きく力になる時を迎えることになったということでもある。
同時にもう一つ、「新時代の中国の特色ある社会主義」は、行き詰まりに苦しむ資本主義の先にどのような社会を打ち立てるべきかについて重要な示唆となるとともに、そこでのひとつのモデルを描いて見せることになるだろうという予感である。
現代資本主義の数々の矛盾が噴出、露呈して、ここ数年、世界的にもマルクスの「再発見」が語られるようになっている。こうした時代の流れをふまえて、経済、社会制度から環境、文化にまで及ぶ新たな制度設計と政策科学の深化が喫緊の課題となっている。
貧困の基本的解決を達成し、より高い段階の「新時代の中国の特色ある社会主義強国」建設に向けて邁進する中国が、これから実現していくことになる共同富裕の「豊かな社会」と、それを支える社会経済システム、そこでのガバナンスのあり方は、行き詰った資本主義の先に描くべき社会システムに大きな示唆となることは間違いない。とりわけ公有制と非公有制経済システムをどう調和させて活力に満ちた社会を実現していくのか、また、単なる経済成長一辺倒ではなく環境、生態に配慮した持続可能な社会システムの確立にむけてどう進めばいいのか、さらにすべての国と人々にとってウインウインのグローバルな経済システムはどうあるべきなのか、まさにこれからの中国がきりひらく道の経験は貴重かつ重要な知見となって世界をリードすることになるだろう。それは同時に、中国が語る、単なる産業技術にとどまらない、社会制度、生態、文化、ガバナンスまでをも総合的に包み込む新時代のイノベーションの意味を示すことにもなる。その知見と経験、政策的蓄積が、ひとり中国にとどまらず21世紀世界の公共財となる可能性を秘めていると言えよう。ここに「新時代の中国の特色ある社会主義」の、もう一つの意義があると考える。
最後に、弱肉強食の「強欲の資本主義」に疲れ果てた世界にとって、中国共産党が結党以来もっとも基本に据えてきた、人民に依拠し、人民のためにという思想、哲学そして気風と政策のあり方が、すなわちなによりも人民大衆、人間を大切にする思想が、これからの未来社会にとってどれほど大事なものであるかということを強調しておきたい。
習近平主席が世界に呼び掛ける「人類運命共同体」にこめた、地球のすべての人々が争わず、平和で豊かに共存、共栄できる世界の実現こそが、かつてマルクスが提起した、旧来の社会・生産関係の矛盾と束縛から解放された世界と人間像に近づく道であることを深く実感するからでもある。
今年の新年の辞で習近平主席は中国共産党100年にふれて「百年の征途は波瀾万丈で、初心は百年でますます堅固になった」と述べたうえで、第1回党大会が官憲の弾圧によって、上海から浙江省嘉興市の南湖に浮かぶ船上に場所を移さざるをえなくなった故事をふまえて「一隻の赤い小船が人民の負託と民族の希望を乗せ、危険な浅瀬の急流を越え、逆巻く波をぬって進み、中国の長期安定を導く堂々たる巨船になった」と語った。この述懐に凝縮されているように、中国共産党と中国の人々の現在までの歩みはまさしく波瀾万丈、過酷な試練との闘いの歴史だったと言える。百年にわたる先人たちの血のにじむような「たたかい」を思い、中国の未来が21世紀世界の未来をひらく知見と力の大きな源になることを深く期待するものである。
中国共産党百年を前に、私のささやかな感慨の一端である。(文=木村知義)
人民中国インターネット版 2021年6月30日