| japanese.china.org.cn |05. 02. 2026 |
東京裁判の米検事補の日記が初公開、日本の中国侵略の罪を暴く
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「人民網日本語版」 | 2026-02-05

サットン日記を記者に見せる鄒徳懐氏(撮影・蒋芳)
侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館によると、東京裁判(極東国際軍事裁判)のサットン検事補(米国)の日記が最近発見され、収集家の鄒徳懐氏が競り落として中国に持ち帰った。初期鑑定の結果、日記は原本であり、今回が初公開であることが確認された。新華社が伝えた。
1946年5月3日から1948年11月12日にかけて、米中英ソなど11ヶ国は日本の東京に極東国際軍事裁判所を設置し、第二次世界大戦の日本人A級戦犯を裁いた。これは東京裁判とも呼ばれる。米国のディヴィッド・ネルソン・サットンは1946年、国際検察団の一員として来中し、日本軍による中国での戦争犯罪、特に南京大虐殺に関する証拠収集を重点的に担当した。

サットン日記の記述(撮影・鄒徳懐)
鄒氏の説明によれば、全6冊からなる日記はサットンが1946年から1948年にかけて東京裁判の任務にあたっていた際の実務ノートであり、南京大虐殺の実地調査における多くの詳細事項など、中国での証拠探しの旅が記録されている。例えば、6000人が機関銃掃射で殺害された長江沿岸の事件現場の訪問、慈善団体の遺体埋葬記録の確認、伍長徳や尚徳義といった生存者の証言収集、東京裁判の重要証人であるロバート・ウィルソンや許伝音らと面会し、出廷証言を働きかけた際の様子などだ。また、これらの資料にはサットン氏の個人的な遺品のほか、南京大虐殺や日本軍による中国人へのアヘン栽培の強要などを扱った「中国に関する報告」6冊も含まれているという。(編集NA)

サットンの「中国に関する報告」(撮影・蒋芳)
「人民網日本語版」2026年2月5日
