中国の貧困脱却攻略戦は全面的な勝利を収めた。中国共産党成立100周年に当たる重要な時期に、人の心を奮い立たせるこの朗報が計画通り伝わった。これは歴史に記録されるに値する人類の奇跡であり、人類の社会発展史になかった快挙でもある。


 国連のグテーレス事務総長は、中国が貧困脱却攻略戦で挙げた非凡な成果は全国際社会に希望をもたらし、激励を与えたと称賛した。世界銀行のジム・ヨン・キム元総裁は、中国の貧困削減の成果は「人類史上最も偉大な出来事の1つ」と評価した。アジア開発銀行東アジア部のジェームズ・ リンチ事務局長は、中国は世界の貧困脱却を推し進め、世界の持続可能な発展に大きく貢献したとの考えを示した。


 国際社会はどうして中国をこれほどまでに絶賛するのか。中国の貧困脱却攻略戦勝利は世界にとって何を意味するのか。


 あるデータはその直接的な答えを示している。改革開放40年あまりで、中国の7億7000万人の農村部貧困者が貧困を脱却し、世界の貧困削減への寄与度は70%を超え、世界で貧困脱却者が最も多い国になった。中国は世界のわずか9%ほどの耕地で世界の約5分の1の人口を養い、予定より10年早く国連2030アジェンダの貧困削減目標を達成した。1978年の貧困率は97.5%だったが、現在は貧困を完全に脱却し、全面的小康を実現し、中国はわずか40年あまりで歴史的飛躍を遂げ、世界の貧困削減を加速させ、貧困削減事業に強い原動力を与えた。


 当然、中国が貧困脱却に成功する世界的義はこれだけではない。世界最大の発展途上国として、中国は自国の国情に立脚し、貧困削減規律を把握し、一連の常軌を逸した政策を打ち出し、効果的な政策体系、作業体系、制度体系を構築し、中国の特徴がある貧困削減の道の歩みを進め、中国の特徴がある反貧困理論を形成した。貧困削減の中国実践は、同様に貧困削減課題に直面する国、特に多くの発展途上国に手本を示した。


 近年、中国を訪れて経験を学ぶ外国人は後を絶たない。特に多くの発展途上国の政治家、学者、メディア従事者が中国の貧困脱却攻略戦の最前線を訪れ、中国の貧困脱却の「カギ」を探している。中国はどうしてこれほどの短期間で数億人の貧困脱却を実現できたのか。どのようにして経済成長と貧困削減を同時に進めたのか。どうすれば貧困削減後に貧困に戻らないようにできるのか。中国の貧困脱却攻略戦の勝利は多くの発展途上国に期待できる発展ビジョンを描いたと言えば、中国が勝利した豊富な経験は、これらの国の進む方向と道をより明確にするだろう。


 経験をシェアするだけでなく、協力も推し進める必要がある。貧困撲滅というグローバル・ガバナンスの難題に対し、中国は自国の貧困削減を実現すると同時に、貧困削減の国際協力に貢献し、各国人民に発展の成果をシェアすることにも力を惜しまない。人類共存、和合世界という斬新な理念を持つ「天下大同」という美しいビジョンを持ち、中国は責任のある大国として、人類運命共同体の構築に中国の力と知恵を貢献している。


「どれほど大変でも喜んで働く」


 天山の万年雪に覆われた雪山の麓、タクラマカン砂漠の北端にある中石化西北油田採油工場には、「祖国に石油を捧げる」という誓いを守るため、仕事と奉仕を喜びとし、孤独な油井と共に生活し、砂埃にまみれながら石油生産の最前線で40年以上働く人がいる。彼の名前は徐鎮さん、ベテラン作業員で共産党員である。


 40年以上前、就職したばかりの徐鎮さんは石油地質調査チームと共に玉門関から西側に向かってタリムに辿り着いた。砂嵐が発生すると昼間でも一瞬で暗くなり、立っていられないほど風が強いこともあった。ある時、徐鎮さんは16人の同僚と砂嵐を避けるため、腰に命綱を結んで土嚢の裏で一夜を過ごした。翌日、共に行動していたラクダが全ていなくなり、15リットルの水、20個の饅頭だけが残った。彼らは少ない水と食料で丸一日かけて基地に戻った。このような苦労と努力を経て、このチームは沙参2井などの生産量の多い油井を発見し、石油・天然ガスの重大な飛躍を遂げ、国の石油・天然ガス調査に大きく貢献した。


 その後、仕事の必要性により、徐鎮さんは採油チームに異動した。仕事の性質、作業指標、生産工程は全く異なるが、献身的に働き、懸命に学び、向上心が高いことに変わりはなかった。普通の採油作業員から始めた徐鎮さんは働きながら学び、学びながら働き、採油の最も基本的な知識から油井の巡回点検手順にいたるまで、繰り返し学び少しずつ覚えていった。彼は徐々に素人から技術者、革新者へと成長した。2011年、西北油田は初の従業員の名前から命名した「徐鎮作業室」を設立し、「創先争優」(競って先進的党支部や先進的党小組をつくり、競って優秀な共産党員になる活動)ブームを起こし、徐鎮さんはチームをリードして210項目以上の生産課題を解決した。


 昨年10月、徐鎮さんは手術を受け、医者から安静にしているように言われた。退院後すぐに最前線に戻った彼は、「いまは体調がいい。油井のことを一番わかっているため、職場にいる方が安心する」と話した。



 今年は油田備蓄量拡大任務が重く、プレッシャーも大きい。「石油を多く生産し、ガスが増えれば、大変でも構わない」と話す徐鎮さんは、突撃の合図を聞いた戦士のように、チームを引っ張って残業して生産の最前線で奮闘している。ある同僚は、徐鎮さんは大砂漠にあるコトカケヤナギのように辛抱強く立ち続けていると話した。徐鎮さんは、自分はベテラン党員で、手本にならなければいけないと考えている。「いま一番やりたいことは、すべての技術と経験、貢献心と責任感を伝えること」だと話す彼は、国のエネルギーの安全を保障するため、自分はもっと輝き、頑張れると常に思っている。



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