キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 瀬口清之(談)
中国国家統計局が1月17日に発表したデータによると、昨年の中国のGDP成長率は5・2%で、通年で126兆元を超える見通しとなっていますが、困難が続いた昨年の中国経済を見た日本の一部メディアは、「(中国経済は)『日本化』に向かい、経済が停滞から後退へと転じた1990年代の日本と同じ道をたどるだろう」と見ています。
「日本化」説の誤解
今の中国は、1990年代半ば以降の日本の状況に比べればまだ良いと思います。
90年代当時の日本の不動産価格下落幅は今の中国とは比較にならないほど大きく、日本全体で数分の1にまで下がっています。一方、中国は下がったといっても平均十数%で、特に大都市の北京、上海などではかなり安定しています。しかも日本は92年くらいから落ち始め、最初の2、3年で平均十数%下落、回復するまでに10年ほどかかりました。これに対して中国の下落幅を見ると、2022年前半は一時的に十数%まで下がりましたが後半は回復しています。つまり全体で見るとさほど大きなマイナス幅ではなく、日本の状況に比べるとかなり小幅の下落にとどまっていると言えるでしょう。
中国と90年代の日本を比べた場合、もう一つの違いは株価です。中国は2015年6月12日に上海総合指数が5178ポイントに達した後、暴落しました。それ以降はおおむね2500~3500の範囲内での変動にとどまっています。ところが日本の場合は日経平均が1980年代前半の6000〜7000円から89年末には3万8915円とほぼ4万円に近い値をつけ、それがまた2003年には7000円台にまで落ちるというジェットコースターのような激しい動きを見せました。しかも株に資金投入した金額はGDP対比では中国と比べ物にならないくらい大きく、ショックは中国のそれと比べ物にならないほど大きかったのです。今の中国の企業や銀行のバランスシートには、当時の日本ほど大きな傷みはありません。よって「日本化」と言うにはまだ当てはまらないと私は思います。
ただし今後の経済を立て直すために、中国が必ず行わなければいけない対応が二つあります。それは今年の中国経済の見通しとも深く関係することなのですが、一つは民間企業の自信を回復させること、もう一つは不動産市場の下落に歯止めをかけることです。これはどちらか片方だけ解決すれば良い、というものではありません。両方の対策を歩調を合わせて同時進行させなければならないのです。
続く対中投資の二極化
中国経済の「日本化」という議論に加え、昨年よく話題になったのが、日本企業を含む外資系企業の対中投資の減少ですが、私が昨年の『人民中国』3月号の取材でお話しした、「多国籍企業における対中投資の二極化」は今も変わらないと思っています。
この傾向は日本だけのものではなく、欧米の企業も同じです。世界での競争力を持ち、中国でも相当な投資をすでに行い、かつ一定の業績を上げている世界の一流企業は、対中投資に対して消極的な姿勢に転じてはいません。引き続き中国に積極的に取り組んで大きな利益を出していこうと考えています。現状の中国経済が多少スローダウンしているため、投資を実行に移す時期を若干遅らせようかと考える日本企業はあるでしょうが、これは欧米も同じです。しかし長期的には基本的な対中投資戦略は変えないというのが、現状の一致した姿勢だと思います。
それに対して世界の中でさほど競争力が高いわけではなく、中国に大きな投資をしておらず、あまり利益が出ていない企業、つまり収益力の弱い企業は事情が異なります。足元の中国経済の減速が続いており、長期的に見ると高度成長期が終わったことなどの点を総合的に考え合わせ、そろそろ真面目に対中投資の縮小あるいは撤退を考えるべきだと思っている企業も多いようです。こうした企業は日本以外にもたくさんありますが、特に日本企業についてその傾向が顕著です。日本の場合は欧米よりも中国との距離が近く進出しやすく、1990~2000年代にかけて対中投資ブームもあったため、競争力がさほど強くない企業もその時代の風潮に乗って数多く進出したという特徴があります。よって、中小企業でさほど大きな資本を投下しておらず、業績もさほど上がっていない日本企業の比率は、欧米企業よりも高いでしょう。そういう企業は収益が中国ではあまり出ないため、長くいてもあまり儲からないのです。もちろん欧米にもそう思っている企業はたくさんあるでしょうが、前述の理由により、日本の企業がそう思う比率は欧米以上に高いと思われます。
以上のように、日本や欧米の企業における対中投資の姿勢は、「強い企業は積極的、弱い企業は消極的」という二極化の傾向と言えるでしょう。そして日本の場合、弱い企業の比率が他国よりも高い可能性があります。
むろん一部のメディアが報じたように、昨年は三菱自動車、ホンダ、トヨタなどの自動車大手が中国市場から撤退、あるいは中国での雇用を削減するといった動きもありました。三菱自動車はおそらく競争力に問題がありその結論に至ったのだと思いますが、トヨタ、ホンダ、日産の大手3社については、対中投資姿勢が消極化に転じるとは考えられません。大手3社は今後EV化を積極的に進めていく姿勢を発表しています。EV化の主戦場は中国ですから、中国でのEV投資戦略の強化を進めていく可能性が高いと思います。よって個別企業や一時的な事象だけを見て長期的な対中投資姿勢を判断するのは、方向を読み間違える可能性が高いのではと私は考えています。