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遺経楼――最大の四角形の土楼

 

遺経楼は高陂鎮(町)上洋村に位置し、清の咸豊元年(1851)に建てられ、四角形の土楼である。外壁の東西の幅は136メートル、南北の長さは76メートル、敷地面積は1万336平方メートル。その裏側の主体楼の高さは17メートル、5つの階に分かれ、永定に現存する土楼の中で最も高いものである。主体楼の左右両端はそれぞれ1棟の4階建てと垂直につながっており、そして主体楼と平行する4階建てとしっかりとつながっており、きわめて大きな四角形の建築物のようになり、大きな「口」字を形成している。中にはまた1組の小さな「口」字の形の建築物があり、全般的独特な「回」字の形の造型をなしている。本当に「入口の中に入口があり、建物の中に建物があり、何重にも重なる」ものであり、地元の人たちはそれを「土楼大厦」と呼んでいる。 中央部は先祖を祭る先祖堂である。前の楼の左右両側にそれぞれ1棟の学校建築物があり、土楼内の子供は土楼内で就学することができ、学校の中央部は石坪で、その前に高さ6メートル、幅4メートルの大きな門楼がある。主体楼の後ろに花園1カ所、養魚池1カ所および米つき場、牛舎などの付属建築物がある。遺経楼にはあわせて部屋280間がある。

 

遺経楼はいま知られている四角形の土楼の中の最も大きなものであり、全部で部屋267間、大小広間・殿堂51、敷地面積5ヘクタール、建築面積4000数平方メートル、建築物全体の配置は整然としており、70年余りをかけ、3世代の人たちの努力を経て、はじめて築き上げたのである。地元の人たちはその大きさを形容する時に、一人は太陽の出る時から窓を開け始め、昼ごろまで全部の窓を開け終わった後、家に帰って食事をし、それから窓をひとつひとつ閉め、ずっと日が山の後ろに沈むに至って、はじめて最後の窓を閉め終わると語っている。

 

「チャイナネット」2008年11月7日