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振福楼――うるわしくて荘重である

 

 

 

 

振福楼は湖坑鎮(町)の下南渓(川)のほとりに位置し、山に控え、川に臨み、景色が非常に美しい。「鳳が飛び立つと山に赤く映え、みずちが舞い上がって青い水を回る」という入り口の両側に貼り付けた対の句は振福楼と周辺の環境が調和的に構成した山村の風景図をかなり正確に描いている。振福楼の正門はさらさら流れている南渓に向かっている。川の水面は広く、流れもゆるやかで、川の中に大きな石が横になっている。両岸は土手が高く築かれ、厚くて堅固である。橋の下の遠くないところに深い淵・青い水、生い茂る古木のガジュマルがある。正門の向こう岸にある村の道路に立って振福楼を顧みると、振福楼がちょうど渓谷両側の山並みの間に位置し、高くもなくて低くもなく、際立つこともなく隠れることもなく、ちょうど2つの山の間にまたがる役割を果たしている。振福楼を中心として形成された美しくて静かな山水・田園の環境は、天・地・人間が一体に融け合った傑作であると言える。

 

振福楼も立派で堂々とする円い建物であり、それは八卦に照らして配置、設計を行い、楼内に多くの石材とレンガを使い、彫刻は精緻で、表が素朴で内側はかなり進んでいて、中国の建築物と西洋の建築物を結び付けた土楼であり、振成楼の「姉妹楼」と称されている。 振福楼の敷地面積は4000数平方メートル、あわせて3つの広間、96の部屋がある。中央の広間の高さは二丈(約6.67メートル)、幅は2.2丈(7.3メートル)、両側は花崗岩の石柱で、柱の上に「振興有慶瞻輪奐、福履同綏頌熾昌」(振興の成果を祝うと同時に美しい将来を展望し、幸せで安定した暮らしを送る繁盛を歌う)という対の句が刻んである。土楼の外の右側は昔のタバコをつくる作業場、職人の住居などである。左側の崩れ落ちた建築物はもともと西洋風の学校と娯楽の場所であったが、「文化大革命」の時期に壊された。 振福楼は1913年に建てられたものである。この建物を建てたものである蘇振泰は貧しい農家に生まれ、私塾(昔の私立の学校)で勉強したことがあり、のちに葉タバコを刻むことを学び、後にタバコの販売を学び、広東、上海などで刻みタバコの商売で財をなし、この地相学上のすばらしい土地を選び、数万元の銀貨で振福楼を建てた。 蘇振泰の子孫は多く、海外に住んでいる後裔は約100人もおり、その多くは専門家・学者であるということである。

 

「チャイナネット」2008年11月10日