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世界文化遺産・福建省の土楼

 

福建省西部は山々に囲まれ、都市の喧騒から遠く離れたまるで桃源郷のようなところです。世界に数千万人ともいわれるハッカ(客家)人の祖先の地、ハッカ人の魂と夢が交錯する地でもあります。その特殊な歴史そして地理的環境の影響から、山間部に世界でも唯一無二の土を固めた大規模な民間建築「土楼」が生まれました。このような創造性に富んだ土の建築芸術の傑作にはきっと誰もが驚嘆することでしょう。現在、福建省には3000余りの土楼が残っています。なかでも永定、南靖、華安県にある42の土楼は最も完全な形で保存されているだけでなく、建築の質も最も高く、最も美しいものです。土楼は2008年7月、ユネスコにより世界文化遺産に指定された。

福建省西部では土楼の数、類型とも数多く、様式にも独特の風格があり、中国の民間建築で独自の地位を築いています。こうした土を材料に建設した家屋では、施工方法は主として焼成していない粘土と砂や土を一定に比率で混合し、それを打ち固めて堅牢な壁にし、梁、柱などの枠組みは木材からなっています。

 

◆ハッカ先祖の地・独特の環境

土楼について語るなら、ハッカについて言及しなければなりません。ハッカ人はそれぞれ江浙、閩海、広府人に分かれる漢民族の一つの支系であり、漢族人口の6%を占めています。ハッカ人の原籍は中原。西晋(265-317年)以降、中原にいた漢族は戦乱の影響から次第に南方へと移動し、多くの紆余曲折を経ながら、一部はこんにちの福建、広東、江西3省境界の辺ぴな山間部へと移り住みました。地元の民族と長い時間をかけて融合しながら最終的にハッカ民族支系(「ハッカ」とは相対的に「土着」との意味)が形成され、歴史的に独特な地理・文化圏が生まれてハッカ人の“大本営”となったのです。福建省西部には主に寧化、清流、上杭、長汀、永定、連城、武平などハッカ人だけが暮らすところが7県、このほかにも明溪や顺昌、建寧、泰寧、邵武、光澤、南靖、平和、詔安など漢族やその他の民族と暮らしているところが11県あります。南部のハッカ人は多くが土楼に住んでおり、多くの重要な土楼はこうした居住区に見られます。それは地理・文化的背景と関係があります。

歴史的に、福建省西部のハッカ人の大半は近隣の江西省から移住してきましたので、この地区の西北部がハッカ文化の中心となっています。この一帯は明清時代に汀州府の管轄地となり、汀州府の庁舎はこの地区の西北部にありました。同様に、「ハッカ発祥地」の石壁、商業貿易の要衝だった四堡もこの地域にあります。こうした最も中核をなすハッカ文化圏では、多層的な土楼はむしろ余り見られません。逆にさらに南、ハッカ人と例えばフーラオ(福佬)人といったその他の民系と混住している地域では、土楼が多く見られます。明清時代、この一帯では部族間の紛争が熾烈で、武器などを持った集団の争いがよく発生しました。史書には「寇盗」(盗賊)とか「匪患」(匪賊の騒乱)と記されています。こうした厳しい情勢のなか、地元のハッカ人とフーラオ人はそれまでの生活様式を改めざるを得なくなり、防衛機能に比較的優れた土楼に住むようになったのです。

 

 

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