ホーム>>観光
大メコンに生きる(1)聖なる水は天上より来たる
発信時間: 2009-06-26 | チャイナネット

 

心の中の竜神

川が流れている場所では、地元の人々が川に名をつける。様々な名で呼ばれていても、指すのは同じ川である。中国ではこの川を「瀾滄江」と呼ぶが、ミャンマーやラオス、タイを流れる部分は「母なる大河」という意味の「メコン川」と呼ばれている。この川が南ベトナムに入ると、いくつもの川に分かれて海に注ぎこむ。その形を大地に横たわる9つの竜になぞらえ、「クーロン(九竜)」と呼ぶ。面白いことに、雲南のシーサンパンナの人々は古代、「瀾滄江」を「九竜川」とも呼んでいたという。川の中に九頭の竜が住んでいるという伝説があり、そのために流れがこれほどまでに急なのだと考えられてきた。

竜は瀾滄江─メコン川のシンボルとなった。地元の人々にとって、川はただの水ではなく、神の化身である。古来、瀾滄江─メコン川は一貫して、流域の人々に神として畏敬されてきた。

タイとラオスに、古くから広く伝わる伝説がある。昔々、青竜、白竜という2つの竜神がいた。善良な青竜は邪悪な白竜より強かったが、そのことを受け入れられない白竜は、青竜に勝負を挑んだ。そして、途中で地貌を破壊しないというルールで、高山から海へ向かって走ることになった。勝負が始まったとたん、青竜はたちまち高山や岩石を避けて遥か遠くへと去っていった。青竜に置いていかれそうになった白竜は、山林を破壊したり岩石を砕いたりしながら、急いで追いかけた。2頭の竜は互いに絡みあいながら海を目指した。こうしてメコン川中流、タイとラオスの相接する地域に、流れが緩やかで静かな青い川、あちこちに岩礁のある白い川、という2つの異なる川が形成された。

2つの川が絡みあうようにして交錯しながら、ラオス南部に位置するラオス・カンボジアの国境地帯に流れ込むと、突然河床が裂けて陥没し、「コーン」と呼ばれる巨大な瀑布群を形成する。コーンの滝はメコン川における最大の瀑布群である。地元の言葉で「コーン」を軽く発音すれば「川」のことになるが、強く発音すると更に大きなパワーをもつという意味になり、コーンの滝のことを指す。「コーン! コーン!コーン」。人々は神について語るような口ぶりでコーンの滝を語る。彼らにとって、瀑布の存在こそが神の霊験の現れなのである。

それは、心揺さぶられる壮大な景色であった。川の水がコーンの滝群のところで10キロあまりも広がり、南へ向かって落ちて行く。その高低差は雨季には15メートル、乾季の渇水期には24メートルにも及ぶ。滝と滝の間には4000以上もの島が形成されている。

川のほとりのタイ料理レストラン
1866年、仏領コーチシナ総督の派遣した調査隊がメコン川を遡り、瀾滄江─メコン川の貿易航路を開設しようとしたものの、コーンの滝群のために断念した。今にいたるまで、瀾滄江─メコン川は国際航路にはなっていない。



瀾滄江─メコン川流域の多くの地名には、「衆水が合流する」という意味がある。無数の支流が、この大きな川に絶えずエネルギーを注ぎ込む。漾濞江、ナムグム川、ムン川、トンレサップ川など支流は138本もあり、その流域面積は100平方キロ以上に達する。川の水は肥沃な土地を潤すだけでなく、多彩な文明をも育む。両岸で生きる人々は、多種多様な生活様式を創り出す。川の沿岸にあるチャムドや景洪、ルアンプラバン、ビエンチャン、プノンペン、アンコールなどはみな、古代文明の集まった都市である。この流域ではかつて輝かしい古代文明が生まれていた。百年来、植民者や侵入者たちがこの広大な土地にひどい災難をもたらしたが、そんな暗黒をもってしてもこの風景画の美しさを覆い隠すことはできなかった。

この豊かさ、ロマン、そして優しさを多くの人々に伝えることが、私の背負った非常に重い仕事である。

広々とした川辺に立ったとき、ちっぽけな存在である自分は、ある古い言葉を思い出した。

「子、川の上に在りて曰く、逝く者は斯くの如きかな、昼夜を舎かず」(文・写真=李暁山)0808

 

人民中国インターネット版 2009年6月26日

 

     1   2   3   4   5  


 
  関連記事