静園

和平区鞍山道70号

 

1921年建設

 

もとの名を「乾園」といい、北洋政府駐日公使・陸宗輿の私邸であった。建物は主楼、図書館、使用人部屋、厨房、車庫で構成されている。主楼はレンガ・木構造の2階建ての建物、一部は3階になっている。1階は応接間と食堂、2回は寝室。楼内には木造の階段が設置され、フローリングが施されている。外壁は混水壁で一部が硬質レンガで築かれた清水壁、急勾配の屋根は赤い瓦葺。各楼は渡り廊下でつながれ、折衷主義建築の特徴を備える。

1929年にラストエンペラー溥儀が移り住んでからは、「静を以て吾が浩然の気を養う」の意味で「静園」と改名された。溥儀は1931年にここから大連へ逃げ出し、後に「偽満洲国」の傀儡皇帝となる。

天津の解放後、静園は事務所として使われていたが、その後多くの住民が雑居する「大雑院」となった。2005年10月、園内に住んでいた45世帯の立ち退きが実施され、元の姿への復元と建物の修繕が行われた。2007年7月、修繕工事が終了し、一般開放された。

 

「チャイナネット」 2009年8月6日

 

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