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揚州市 隋の煬帝の陵墓修復へ |
発信時間: 2008-04-07 | チャイナネット |
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このほど開催された「煙火の3月揚州にくだる」観光誘致推奨会によると、隋の煬帝である楊広の陵墓の修復を行い、陵墓の元来の姿を復元すべく、揚州市は近く国内外の企業に対し、合弁・協力方式による同陵墓の保護開発事業を展開する。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。 隋煬帝である楊広は隋朝の第2代皇帝。中国統一の戦いに挑み、現在の「京杭(北京-杭州)大運河」を建設、銭塘江、長江、淮河、黄河、海河の5大水系の貫通に成功した。しかし統治後期には民衆に対し極めて過酷な労役を課し、社会の秩序崩壊をもたらした。西暦618年、隋煬帝は部下の反乱により現在の揚州市である江都で縊死された。 隋煬帝の陵墓の遺跡は揚州市北部郊外の槐泗鎮にあり、唐代の武徳5年(紀元622年)に建設が始められ、隋煬帝である楊広と皇后と共に祀られている。同遺跡は1956年、江蘇省が同年初めて認定した文物保護施設のひとつに指定されている。 「人民網日本語版」2008年4月7日
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