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ますます開放性、透明性を増す中国
発信時間: 2009-03-10 | チャイナネット

林国本

 

今北京では全人代と全国政協の会議が開かれているが、数十年メディアで勤務してきた筆者にとって、その開放性、透明性には隔世の感がある。

これはなにも数十年前のそれが秘密主義的であったというのではない。先般、ある外資系企業に勤めている知人の子供とこのことについて雑談していたとき、その子は「おじさん、それは秘密主義ではないですよ。うちの会社でさえ取締役会での決定事項を他社の社員との飲み会でぺらぺらしゃべることは厳禁ですよ。それはルールであり、常識ですよ。ましてや、全人代とかとなると、国会に相当するものであり、そういうところのことを開幕前、発表前に口外することはルール違反もはなはだしく、非常識ですよ」と言うのである。筆者はまだ青二才と思っていたこの若者が自信満々と述べたことに大に感心し、新しい時代を担う若者たちの成長ぶり、成熟ぶりに感心した。

全人代では、総理の政府活動報告が発表されると、その午後からもう代表たちの審議が始まり、代表たちが堂々と発言し、外国のメディアの人たちも、会場に入って傍聴することができ、非常にオープンな雰囲気になっている。

テレビでは会場で発言している東北地方の農村からきた代表の姿を、地方の農家につなぎ、さらには違った見解の持ち主をも交えて、衛星を通じて交流しているシーンもあった。

さらには、政府主管部門のトップたちも記者会見をおこない、質問に答えていた。

つまり、人間を本位とする、和諧社会の構築、科学的発展観の現実に即した実践の場が視聴者の眼前に展開しているのだ。

昨年の有人宇宙飛行の成功、船外活動の成功も、打ち上げ前からメディアに公開され、宇宙飛行の訓練のありさまも詳しく報道された。そして、何人かのエンジニア、科学者がテレビのワイドショー番組や対談番組に出て、キャスターと対話する番組もあり、国民のすべてに宇宙開発についてよりよく知ってもらうため、たいへん役に立った。そこからは、「秘密主義」というものは、ひとかけらも感じられなかった。こんなにオープンになるとは、私は思ってもいなかった。これは自信のあらわれであろう。

専門家ならば、テレビの映像をみるだけで中国の宇宙開発がどこまで進んでいるかがすぐ分かるはずである。モジュールの軌道変更、姿勢の転換、回収など筆者のような素人には、一体、そのためにどんな通信技術が応用され、どんなプログラムが組み込まれているのかは、ただ想像するだけであるが、専門家がみればすぐ分かることである。

筆者はジャーナリズムの世界でずっと暮らしてきた人間なので、日本で出版されている中国の宇宙開発についての本を二、三冊読んだことがあるが、専門家たちは私のような素人よりも物事を深く見ており、非常に勉強になったのを今でも覚えている。

さいきんはインターネット・ユーザーがどんどん増え、とくに若者たちはネットを通じていろいろなことを知っている。

こういう前進ぶり、発展ぶりを見ると、今の「ポスト80年世代」「ポスト90年世代」がやがて中年の年頃になるときには、中国の社会は今よりもっと進歩しているにちがいない。これらの世代の若者たちと話し合っていると、気をつけないと自分が絶滅した恐竜のような存在になっていくのではないかと自嘲することさえある。さいきん、私と同じ世代の友人と雑談していたとき、私は「自分の大好きなメンデルスゾーンの曲をCDでときどき聞いて、ストレスを解消している」と言ったところ、この友人は「噴飯ものだ」という表情で「お前さんはまだCDなどにしがみついているのか」と言うのだ。この友人はもうだいぶ前から、PODやMP3でベートーベンの曲を聞いているというのであった。

中国のメディア界の前進、発展、世の中の変化を見ていると、清王朝の滅亡後も、弁髪をバッサリ切り捨てることをかたくなに拒否しつづけた人たちを笑えなくなってきた。

消え去った恐竜のようにならないように、これからもできるかぎり、自分に適した方法で勉強を続けていこうと思っている昨今である。「恐竜」にならないように。

全人代の報道ぶりを見て、世の移り変わりを痛感した感想をすこしつづってみた。

 

「チャイナネット」2009年3月10日

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