鄭和は幼い頃から人並み優れて聡明で、少年の頃から長い間、燕王朱棣に仕えたことにより、他人には真似のできないマルチな才能を備えるに至った。
第一に、兵法、策略、指揮を能くし、勇敢で戦争に長けていた。
第二に、知識が豊富で、西洋各国の歴史、地理、風土人情、宗教風俗を熟知し、アラビア語に通暁していた。
第三に、一定の航海術、造船知識を持っていた。
第四に、イスラム教徒であり、菩薩戒を受けた仏教徒でもあり、さらに媽祖をも信じていたので、宗教信仰の相互の意思疎通、相互関係の確立にも大きな役割を果たした。
第五に、卓越した軍事的才能、外交能力を備えていた。
これらの条件を備えていたため、永楽皇帝朱棣は遠洋航海の任務を果たすことができるのは鄭和しかいないとの認識を持ったのである。
総じてみると、鄭和の遠洋航海の目的は、海上の障害(海賊、倭寇など)を排除し、中国の平和を保証して治国安寧を図る内政が目標であった。主要な目的は明初期の対外方針政策のマルチな任務、使命の実現にあり、東南アジア及び南アジアに平和な国際環境を築くと同時に、海禁政策を廃止して対外開放を行い、アジア、アフリカ各国と貿易活動、経済文化交流活動を展開することであった
「チャイナネット」2005年7月1日