「ライオンはわが子を谷底に突き落とし、上がって来いと声をかけると聞く。スズメは小スズメが成鳥に近づいてきたら、巣立ちさせるために何日も餌をやらないとも言う。私は選手たちをこのような親心で包んでいるのです」と、大松監督は語っている。
一カ月が過ぎ、帰国前夜になっても大松監督は通常通りにトレーニングを行った。送別会の席上で監督は、「中国には意志が強く、飲み込みの早い女子選手がこんなに大勢いて、良い観衆とバレーボールに関心を持ってくれる国の総理がいる。世界チャンピオンにならないほうがおかしい」と挨拶している。そして、別れる際に選手の一人一人にタオルを贈り、「君たちにタオルを贈る。今後は、今まで以上に汗をかくように」と、意味深長な言葉を残した。
大松博文氏は1978年に亡くなったため、中国女子バレーボールチームのその後の「五連覇」の偉業を目にしていない。大松監督が中国の女子バレーボールチームを指導したのは一カ月という短い期間であったが、中国人は中国バレーのために自分のすべてを注いでくれた「鬼の大松」を忘れてはいない。