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日本人タレントと私、 二人三脚で夢に向かって
発信時間: 2008-04-01 | チャイナネット

「すべての人ときちんと向きあいたい」と彼は言う。いつでもどこでも、誰に対しても、彼は同じようにとても礼儀正しい。ファンから話しかけられたり、サインを求められたり、記念撮影を望まれたりすれば、決して断らない。ブログの書き込みには返事を書く。 ではファンたちとコミュニケーションをはかる、ファンたちの誕生日を覚えていて、お祝いの言葉を贈ったりすることもある。スタッフに対しても、常に細やかな気遣いを忘れない。自分の仕事だけでなく、スタッフたちのこまごまとした雑用まで率先して手伝おうとする彼を取りまく仕事の現場は、いつでも楽しげな笑い声がたえない。

共通の夢は「中日のかけ橋」

小松に会うまでの私は、1997年に日本に留学し、大学を卒業した後、大手芸能プロダクションに4年間勤務するなど、主に日本の芸能界が仕事場だった。知り合いの芸能事務所の社長から小松の写真を見せられた瞬間、「彼なら中国でいける」とピンとくるものがあった。優しい顔立ちは「癒し系」ともいうべきもので、きっと上海人に好まれるだろうと上海人である自分には確信があった。その後、私は日本を拠点に出張ベースで小松のマネージャーを勤めるようになったが、彼の中国での人気、活動の幅が広がるにつれ、「里帰り」の機会は急激に増えつつある。

オーディション番組が終わると、彼は本格的に中国を拠点に移して活動してゆく決意をした。今回の番組を通じて、彼の夢はますますゆるぎないものとなった。夢のためだけではなく、たくさんの中国の友人たちの熱意、好意に報いたいという思いのせいでもある。

雑誌の撮影、レコーディング、広告の撮影……最近の彼はますます忙しくなり、これまでにも増して注目されるようになったが、それでもまったく変わらない。相変わらず一生懸命に努力を重ね、真剣に仕事と向き合う、誠実な小松拓也のままである。

「中日友好のために力を尽くし、中日の架け橋に」

これは中国を拠点に活動するタレントである小松拓也と、中日をいったりきたりしながら小松のマネージャーをつとめる私の共通の夢である。もちろん、私も小松も、それが自分だけで実現できるようなものではなく、いかに大きな夢であるかということはわかっている。けれど、私たちと同じ思いを持つ友達が少しずつ増えてゆくことで、きっと実現できると信じている。

「人民中国インターネット版」より2008年4月1日

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