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japanese.china.org.cn |06. 02. 2026

麻生氏と兼原氏の対談、日本の「価値観外交」の真相を自白

タグ: 価値観外交 右翼勢力
中国網日本語版  |  2026-02-06

日本の右翼論壇誌「正論」で最近、麻生太郎元首相と兼原信克元国家安全保障局次長による長編対談が掲載された。この対談は表面的には日本外交の将来の方向性を模索する内容に見えるものの、実際には日本の右翼勢力が敗戦国の地位から脱却し、軍国主義復活の道を企図する危険な傾向を露呈していると言える。「価値観外交」の真の姿を示す自白書としても過言ではない。「光明日報」が伝えた。

価値観外交のオブラートに包まれた右翼思想の核心

第一に、価値観外交の核心は「敗戦国の地位」から脱却し、いわゆる「普通の国」を実現することだ。対談の中で、麻生氏は外相時代に提唱した価値観外交の背景を振り返り、その後に安倍政権が策定した国家安全保障戦略と関連付け、「これは日本が戦後処理から大国外交へ転換した象徴だ」と主張した。

彼らは戦後の日本外交を受動的で残務処理的なものと位置付け、価値観外交を敗戦国から大国への転換点とみなし、「日本が西洋の一員であり、自由と民主主義のリーダーであることを堂々と主張する」ための手段とした。このことから、価値観外交が提唱された当初から中立的な概念ではなく、日本の戦後平和路線への歴史的反動であったことは明らかだ。日本が価値観外交で目指す大国とは、表面的な意味での「普通の国」ではなく、実質的には軍国主義の復活を指している。

第二に、価値観外交の思想的本質は「日本優越論」と皇国思想だ。対談において麻生氏は、「日本のような国になりたいと考える国が増えている」と発言し、アジア諸国は「日本が立ち上がることに期待している」と述べた。また兼原氏は、「日本経済が衰退しているにもかかわらず、政治力は今最も強い」とし、さらに「経験豊富な隠居長者」として東南アジア諸国の模範になっていると語った。

興味深いことに、兼原氏は「日本語で価値観を表現することが非常に重要だ」と主張し、アジアの人々は「欧米人が上から目線で推進する自由と民主主義を本質的に理解していない」と断言した。そして日本は「明治以降の民主主義の歴史」を自らの言葉で説明し、「自由と民主主義」という西洋的な語彙に頼らず、日本語でその重要性を証明する必要があるとの考えを示している。

ここで問いたい。一体「明治以降の民主主義の歴史」をアジア諸国に広めようとし、「自らの言葉」で自由民主主義を再定義しようとする日本が、かつて「アジア解放」や「大東亜共栄圏」を掲げた時の日本と何が異なるというのか。歴史に少しでも常識がある人ならば、国家神道を強制した明治体制が民主主義とは程遠いことは明白だ。

第三に、価値観外交の実施手段は軍事的対抗だ。対談内で彼らは「国際海峡」や「西太平洋全域」の支配に言及し、抑止力や自主防衛能力の強化を妄言しながらも専守防衛については一切触れず、日本国憲法第9条の存在もまるで念頭にないことが明らかだ。このことは、彼らの潜在意識の中で憲法の規定がすでに形骸化していることを示している。

このような「自白」を通じて、「自由で開かれたインド太平洋」の策士たちが同地域の真の自由と開放を考えておらず、争いを起こし、対抗を煽り、ライバルを封じ込める戦場としてしか見ていないことが明らかになった。「民主主義」「自由」「開放」のスローガンの裏には、封じ込め、奪取、対抗の本質が隠されている。このような思考のもとで、日本は対外援助の名目でフィリピンなどに軍事装備品を提供し、その挑発行為を煽っている。また、様々な二国間・多国間の枠組みを利用して頻繁に海上軍事演習を行い、地域の緊張を強めている。最近では日本の高市早苗首相が「非核三原則」の改定を示唆し、首相の側近が日本は核兵器を保有すべきだと発言している。また、日本の高官は原子力潜水艦の開発についても言及し、自衛隊は前線にさらに多くの攻撃型兵器を配備している。このような行為は、地域の戦略的安定を深く損ない、「自由で開かれた」という理念とはかけ離れた結果しかもたらさないであろう。

(劉華・新華社研究院上級編集者/馬曹冉・新華社研究院編集者)

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年2月6日