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japanese.china.org.cn |08. 05. 2026

【東京裁判開廷80周年】重要な証言者となる南京大虐殺の難民の保護者

タグ: 東京裁判開廷 80周年 南京大虐殺
中国網日本語版  |  2026-05-08

80年の歳月を経て振り返る極東国際軍事裁判(東京裁判)。白黒の映像資料に残された検事の立証、証人の嘆息、裁判官の結審陳述は遠い記憶のようだが、歴史の真実が色褪せることは決してない。時の埃を払えば、今なお正義のために立ち上がった人々の姿が見え、その力強い証言が聞こえてくる。「環球時報」が伝えた。

「私は71歳で、当時は金陵女子文理学院の寮監だった。1937年12月に南京が陥落した後、キャンパスは安全区として宣言された。市内には全部で20カ所以上の安全区があった。金陵女子文理学院には1万人以上の女性と子どもが収容された」

東京裁判で提出された南京大虐殺に関する書面証言の中で、当事者である程瑞芳はこのように記している。彼女はさらに、自ら目撃した日本軍によるキャンパス内での強姦、略奪、殺人などの数々の証拠を列挙した。

南京陥落後、程瑞芳は外国人責任者ミニー・ヴォートリンと協力して金陵女子文理学院の難民収容所を運営した。当時、南京に残留した外国人たちが中心となり南京安全区国際委員会を設立し、1500人以上の中国人と共同で救援活動を行い、延べ25万人の難民を保護した。これらの中国および海外の人々は難民の保護者であるだけでなく、南京大虐殺の重要な証言者となった。

アメリカ人宣教師ベイツや中国人スタッフの許伝音らは、安全区の中心的な発起人および参加者として法廷で証言した。南京安全区国際委員会が日本側に提出した書面資料には、1937年12月16日から1938年2月2日までの間に日本軍が犯した400件以上の残虐行為が記録されている。

「あなた方の兵士による絶え間ない略奪、暴力、強姦のため、都市全体が恐怖と悲惨な雰囲気に包まれている」これは1937年12月18日、南京安全区国際委員会が日本大使館に送付した抗議書簡の一節であり、日本側に対して「速やかに行動を取り、状況を是正する」よう強く求めている。ほぼ毎日送られた抗議書簡には、「南京安全区における日本兵の暴行」に関する覚書が添付されていた。書簡は、そこに記された事例は同委員会が把握しているごく一部にすぎず、いずれも綿密な確認を経たものと強調している。

駐南京ドイツ領事館から送られた極秘電報の一通は、犯罪者は特定の日本人ではなく日本軍全体であり、「それは作動中の野獣の機械だ」と断じている。この電報は後に、ファシズム陣営内部からの重要な書面証拠となった。

南京大学歴史学院の姜良芹教授は「環球時報」の取材に対し、南京安全区に残留した外国人たちは当初、日本軍によるこれほど大規模な暴行を予想していなかったと語る。彼らは危険な状況下で自ら進んで難民救助と史実の記録に取り組み、大量の一次資料を残した。中でも21世紀初頭に発見された「程瑞芳日記」は特に貴重で、学界では「中国版『アンネの日記』」と呼ばれている。「程瑞芳日記」は現在までに発見された南京残留中国人による唯一の現場日記であり、東京裁判の証言や外国人の記録と補完し合い、完全な証拠の数々を構成している。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年5月8日