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japanese.china.org.cn |04. 06. 2026

日本の毒ガス弾製造工場の内幕、新たな歴史資料で明らかに

タグ: 毒ガス弾 工場 軍需
中国網日本語版  |  2026-06-04

日本の歴史学者で、明治学院大学国際平和研究所研究員の松野誠也氏はこのほど日本の国立公文書館で、第二次世界大戦期の日本の毒ガス弾製造工場が作成した報告書を発見した。松野氏は、この資料は戦時期における日本の毒ガス弾生産のさらなる内幕を明らかにするとともに、当時の日本政府による戦争最優先の暗く恐ろしい実態を示していると指摘した。

松野氏が発見した資料は「軍需動員実施概況報告綴」と記された、東京第二陸軍造兵廠曾根製造所による1941年度の生産作業報告だ。松野氏はこれを分析したうえで研究論文を執筆し、日本の雑誌「世界」2026年6月号に発表した。

松野氏は論文の中で、曾根製造所の旧址は福岡県北九州市小倉南区下吉田にあり、他の工場で生産された毒ガスを弾体に充填し、毒ガス弾を製造していたと記している。また同工場では煙幕弾や焼夷弾も製造。この資料には、曾根製造所における毒ガス弾の生産事故や、それによって生じた人的被害の状況などが記録されている。これらの事実はこれまで元工員の証言として語られるのみだったが、今回の発見により文書としての裏付けが得られた。

松野氏は新華社の記者に対し、戦争の拡大に伴って毒ガス弾の生産規模も拡大していたことが資料から分かると述べた。曾根製造所は1941年度に工員数を増やし、毒ガス弾の生産量を増やしていた。これは当時の日本が中国への侵略戦争を続けるとともに、ソ連との戦争に備え、さらに東南アジア諸国への侵攻を企てていたためだ。

松野氏は「旧日本軍が中国などで毒ガス兵器を使用したことは国際法違反である。それだけでなく、旧日本軍は人体実験も実施し、戦争犯罪を繰り返し犯した。これはこの戦争の残虐な本質を示すものである」と述べた。

日本の軍国主義体制下で、日本社会は戦争熱に沸き返っていた。松野氏は、新たに発見された資料は、当時の日本政府と軍が戦争を最優先し、反対者を全面的に弾圧し、社会が暗い時代へと突入していたことを明らかにしたと指摘する。

松野氏はさらに、戦争は苦しみと不幸しかもたらさないと強調。悲劇の再発を防ぐためには、戦争の悲惨な真相を明らかにし、日本がアジア諸国に深刻な被害をもたらす国家になった理由と、その条件や背景を明らかにする必要があると述べている。「それこそが現在の日本政府が取り組むべき課題だ」

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年6月4日