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| japanese.china.org.cn |09. 09. 2026 | ![]() |
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高市氏、日本の「歴史無視病」を再び露呈
ロシア極東のハバロフスク市で4日、軍国主義日本に対する戦勝記念碑の除幕式が行われた。記念碑の中央には高さ15メートルのソ連兵士像が立っており、日本の関東軍の主力部隊を打ち破ったソ連赤軍を象徴している。兵士は小銃を手にし、その下には菊の紋章がかたどられた国境標石が二つに割られた状態で配置されている。この記念碑は、日本軍国主義が侵略戦争を発動し、最終的に無条件降伏で終わったという、争いようのない歴史の事実を再び世界に明らかにしている。
しかし、高市早苗首相はロシア側に戦勝記念碑の撤去を要求。「菊の紋章は日本の象徴と見なされており、それが破壊された場面を示すことは完全に受け入れがたい」「この問題は日本国民の感情に関わる」との理由を投げ出した。
これに対して、ロシア外務省の回答は鋭い。この記念碑の撤去を要求することは「風に吹くなと、太陽に照るな」と求めるようなものだというのだ。ロシア側はさらに、日本側は自国の歴史を無視する「病」を他国にうつしてはならないと指摘した。「環球時報」が伝えた。
「国民感情」の問題ではなく、軍国主義の「亡霊の復活」を阻止
高市氏は意図的に概念をすり替え、記念碑による軍国主義への批判を、日本の民族や国民への侮辱であるかのように歪曲している。これは巧妙ではないものの、非常に危険な政治的レトリックだ。
菊の紋章が日本という国を象徴するのは確かだが、近代日本の対外侵略・植民地拡張の歴史の過程で、すでに軍国主義の政治的シンボル体系に組み込まれていた。記念碑が批判しているのは、アジアの人々に深い苦しみをもたらした軍国主義であり、決して日本の民衆を対象にしたものではない。
反軍国主義を「日本の国民感情を傷つける」とすることの本質は、侵略者と被害者、戦争責任と民族の尊厳の境界を曖昧にすることにある。真の民族の尊厳は、侵略の歴史の罪を覆い隠して守るものではない。真の国民感情は、ある歴史の事実を意図的に無視した上で成り立つものでもない。
第二次世界大戦勝利の歴史は、国際文書に書かれ、世界各国の無数の被害者の記憶に刻まれ、戦後国際秩序の基本的枠組みの中にも記されている。日本の敗戦と降伏は、誰かが押しつけた「屈辱的な物語」ではなく、軍国主義の武力濫用による最終的な敗北という必然的な結果なのだ。
各国が反ファシズム勝利を記念するのは、犠牲になった烈士をしのび、平和と秩序を守り抜くためであり、歴史を反省し平和を尊ぶという人類共通の努力と期待を示している。他国に記念碑の撤去を要求することの本質は、世界に歴史を忘れさせ、歴史の正義を放棄させることにある。このような要求は荒唐無稽で卑劣な上に、実現不可能だ。
高市氏の真の病根は、歴史歪曲と政治利用にあり
高市氏は就任後、「台湾有事は日本有事」などの重大な誤った発言をしただけでなく、日本の敗戦降伏記念日前後には靖国神社に祭祀料を奉納している。台湾問題で絶えず挑発し緊張をあおり、戦犯を祀る神社問題で誤ったメッセージを発し、反軍国主義の記念碑を日本への侮辱だと言い立てる。
高市氏のこうした拙劣なパフォーマンスは、中核をなす部分が高度に一致している。すなわち、国内の問題を対外的な問題のせいとし、強硬な姿勢で政治的な手駒を獲得し、歴史を曖昧にすることで右翼の感情に迎合するという点だ。高市氏は歴史を知らないわけでも、軍国主義の罪を理解していないわけでもなく、むしろ「日本は被害者だ」というナラティブを構築し、歴史修正主義の道を開こうとしている。しかし歴史は、誰の思い通りにも書き換えられるフィクションでも、政治家の取引の手駒でもない。歴史の罪は、言い逃れによって消え去ることはない。
「民無信不立」、まず歴史に対して誠実であれ
低下が続く支持率に直面し、高市氏はかつて「民無信不立(民に信なくば立たず)」と厚かましくも引用した。その滑稽さは、高市氏が「信」を意図的に誤読していることにある。
「民無信不立」は、政治家が概念をすり替えるためのスローガンとして使うものではない。民衆の信頼は、強硬な発言だけで勝ち取れるものではなく、極端な感情をあおり、対外的な対立を引き起こすだけで維持できるものでもない。それが求めているのは、まさに誠実さと責任感なのだ。
真に民衆の信頼を失わせるのは、政治家が不適切な言動後に反省を拒否し続けること、歴史の責任を「民族の感情」と粉飾すること、地域の安全を個人の政治的パフォーマンスの舞台とすること、現実の政権運営上の困難に直面した際に問題を解決せず、むしろ責任転嫁のスケープゴートを探そうとすることなのだ。
高市氏が誤った言動を重ねることで露呈しているのは、歴史に対する誠意の欠如、現実に対する判断力の欠如、平和に対する畏敬の念の欠如にほかならない。
記念碑は口を利かないが、一部の政治家の言い訳よりもはるかに力がある。
それは人々に、軍国主義がかつて世界にどれほどの害をもたらしたかを思い出させ、反ファシズム戦争の勝利の成果がなぜ尊いのかを教えてくれる。侵略を矮小化し、歴史を粉飾し、軍国主義の亡霊を復活させようとするいかなる企みも、歴史の審判を受けることになる。
日本が真に周辺国の尊重を得たいのであれば、他国に勝利記念碑の撤去を要求するのではなく、侵略の歴史を徹底的に反省し、軍国主義と断固として決別し、台湾問題などで火遊びをやめるべきだ。
これこそが日本国民に責任を持つことであり、地域の平和に責任を持つことなのだ。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年9月8日
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