share
中日両国>
japanese.china.org.cn |15. 09. 2026

第二次大戦前と酷似する日本の「情報過熱」

タグ:
中国網日本語版  |  2026-09-15

日本の木原稔内閣官房長官は先日の公開演説で、海外情報活動を強化するため、英国の秘密情報部(MI6)や米国の中央情報局(CIA)に相当する対外情報機関を設立する必要があると表明した。日本政府は近く専門家会議を設置し、対外情報機関の創設の是非や、スパイ活動対策に関する「関連法制度のあり方」などの検討を進める方針だ。木原氏は、日本は「外国の情報取得に積極的に取り組む」と率直に述べた。「環球時報」が伝えた。

一部の識者は、日本の右翼勢力が「情報改革」の名の下に「専守防衛」原則の打破を推し進め、危険な軍事行動に向けた情報準備を進めているのではと懸念している。

これらのいわゆる「情報改革」を進めるため、高市政権は一連の口実をでっち上げている。例えば、日本の対外情報能力は米英などの先進国にはるかに及ばず、専門的な対外情報機関が欠けており、「これは日本が非常に苦手とし、立ち後れている分野だ」と主張。相応の改革が必要と宣伝している。また、「周辺国の安全保障上の脅威」や日本国内での外国情報機関の活動を大げさに騒ぎ立て、日本は軍事・情報の「弱い立場」にあるとし、国家情報局や対外情報庁などの情報機関の設立が「必要な措置」になるとするなど、枚挙にいとまがない。

このことから、日本の右翼が「情報改革」の推進で掲げる名目は、国内で平和憲法の制約を打破し、国際的に戦後体制の束縛から脱却する過程での世論操作と全く同じであることがわかる。その背後にある主な論理は、いわゆる「被害者」あるいは「弱者」のナラティブをでっち上げることで国内外から同情を集め、自らの「再軍事化」や対外情報拡張などのための口実を探ることにある。これは戦前の日本が軍備拡張の道へと徐々に進んでいった経緯となんと酷似していることか。

第二次世界大戦前を振り返ると、当時の日本の右翼勢力も自らを「被害者」として演出し、自国の利益が中国に「損なわれた」と宣伝するだけでなく、「ABCD包囲網」(第二次世界大戦前に米国、英国、中国、オランダの4カ国が日本に対して行った経済封鎖)による厳しい制裁を受け、日本の存立が「深刻な脅威」にさらされていると訴えていた。こうしたいわゆる「脅威」「被害」のナラティブを作り上げる過程で、戦前の日本は軍国主義体制へと邁進し、対外拡張の道を歩んでいった。

高市政権は現在、戦前の日本軍国主義と類似するナラティブと論理を懸命に宣伝し、軍備・情報拡張を含む一連の右翼的政策の「隠れ蓑」にしている。

まず、自らが「脅威にさらされている」「弱い立場にある」という世論の雰囲気とナラティブを作って、軍備・情報拡張を含む政策転換の布石を打つ。世論の「飽和攻撃」を行った後、当然のように新たな軍事情報機関と関連情報体系を構築する。それと同時に、「関連法制度のあり方」を公の場で議論することで、これらの情報機関の設立が「やむを得ぬもの」のように装い、設立過程で日本社会に十分な「知る権利」を与えているように見せかけ、日本国民と国家安全を守るために「心血を注いでいる」ように振る舞う。この一連のパフォーマンスを通じ、日本の右翼は自ら作り上げた「国民の支持」を獲得しようとしている。

しかし歴史的観点によると、情報集権化は長らく日本の軍備拡張に先んじる一つのステップだった。歴史上、日本軍国主義の対外拡張は、ほぼすべてが大規模で体系的な情報活動を前奏曲としていた。「甲午戦争」(日清戦争)から日本による中国侵略戦争にかけて、日本は中国、朝鮮半島、東南アジア各地に特務機関を張り巡らせ、厳しい訓練を受けた多数のスパイを活動に従事させた。当時の日本の軍事・情報機関は、こうした活動の中で次第に特権を獲得し、最終的に日本軍国主義の暴走を招き、日本全国をファシズム体制と対外侵略の道へと突き進ませた。戦前の日本は深い淵に陥っていった。

日本の右翼が活発に動く現在の状況下で、日本の国家情報局や計画中の対外情報庁は、地域諸国間のもともと脆弱な安全保障上の相互信頼を著しく損なうだけでなく、日本の右翼が「再軍事化」を模索し推進する新たな足がかりとなっている。パンドラの箱がひとたび開かれれば、そこから放たれる災厄が世界にどのような被害をもたらすのかについては、日本の軍国主義が歴史の中で示したことがある。これは現在の日本の右翼による危険な衝動が、地域諸国の強い警戒を招いている理由だ。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年9月15日