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japanese.china.org.cn |17. 09. 2026

中国侵略日本軍の遺族、中国側に「謝罪碑」を寄贈

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中国網日本語版  |  2026-09-17

日中口述歴史・文化研究会と長春師範大学が共催する「九一八を忘れるな、『謝罪碑』寄贈および中日民間交流シンポジウム」が16日、東京と長春の両会場をオンラインで結んで開催された。今回のシンポジウムでは、日中口述歴史・文化研究会会員の倉橋綾子氏(59)が、父・大沢雄吉氏の「謝罪碑」のレプリカを中国側に寄贈した。「環球時報」が伝えた。

倉橋氏の父は、旧日本軍関東軍憲兵部隊の一員として、天津、北京、黒竜江省東寧市などで勤務していた。1986年に病床に伏した際、枕元から紙を取り出し、そこに書かれた言葉を墓碑に刻むよう子どもたちに言い残した。1998年、倉橋氏は群馬県吉岡町にある家族墓地の一角に新たな碑を建て、父の謝罪の言葉を完全な形で刻んだ。

(9月7日、群馬県吉岡町で撮影された大沢雄吉氏の謝罪碑。新華社記者・陳澤安撮影)

寄贈式では、倉橋氏が碑文を朗読。中国側とオンラインでつながり、引き渡しを行った。倉橋氏は、40年以上をかけて父の遺志を果たすまでの紆余曲折を語った。父は中国で自らが何をしたのか具体的には語らなかったものの、臨終の際まで謝罪の言葉を残すことに強くこだわっていたと明かした。

倉橋氏は東京会場で、日本は侵略の歴史を反省すべきだと訴え、父の謝罪碑がより広く知られることを願った。現在の日本では右傾化が進み、「新型軍国主義」が台頭している。倉橋氏は謝罪碑の破壊を懸念し、今年になり、謝罪碑のレプリカを長春師範大学に寄贈することを決めた。倉橋氏は「目の前から消えたものは、心の中からも消えてしまう。私はこの碑が永遠に損なわれることなく、歴史の真実を守り続けることを心から願っている」と語った。

日中口述歴史・文化研究会常務副会長であり、長春師範大学特任教授でもある李素楨氏は、謝罪碑は加害者側の立場から残された貴重な実物史料であり、その価値は対立を煽ることではなく、反省の証言を後世に残す点にあると述べた。

シンポジウムでは、日本の多くの有識者が侵略の歴史と正面から向き合った。「村山首相談話を継承し発展させる会」理事長の藤田高景氏は、九一八事変は関東軍による自作自演であり、日本帝国主義が周到に計画した侵略行為だったと指摘。それが全面的な中国侵略戦争、さらには太平洋戦争へと拡大したと述べ、「日本人はこの侵略戦争を決して忘れてはならない」と強調した。また、現首相の高市早苗氏が当時の戦争を「自衛」と表現し、「村山談話」や東京裁判を否定していることを批判。台湾問題に関する誤った発言が日中関係に深い亀裂をもたらしているとして、「日本は再びアジアを戦場にしてはならない」と語った。

平和遺族会全国連絡会副会長の渡辺美佐子氏は、自身の父が80年以上前に関東軍兵士として中国侵略戦争に参加していたことに触れ、中国人民に謝罪した。渡辺氏は「九一八を忘れるな」という趣旨に賛同し、高市氏が敗戦記念日の演説で反省を欠いていたと批判した。1940年から1946年まで家族とともに長春で暮らしていた大窪瑞麿氏は、父が「南満州鉄道株式会社」と関係する企業を経営し、一家が周囲の中国人よりはるかに恵まれた生活を送っていたことを回想した。そして、こうした格差は日本による中国侵略によって生み出されたものだったと振り返り、中国人民に謝罪するとともに、「九一八事変の歴史は決して忘れてはならず、二度と繰り返してはならない」と強調した。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年9月17日