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七夕節の文化
発信時間: 2009-08-25 | チャイナネット

牽牛織女の物語

 

 
 

幸せな生活を送る牽牛と織女

 

 牽牛織女の物語は、民間では広く伝わっており、知らない者はないくらいで、七夕を話す時いちばん人々の口にのぼるのも、この伝説である。牽牛織女がかささぎの橋の上で会う物語を記載したいちばん古い本は、東漢の応劭が著わした『風俗通』である。「織女七夕に河を渡る時、かささぎを使って橋となす」。また、この物語を比較的くわしく記載してあるのは、明の馮応京の著『月令広義・七月令』の中の一節である。「天の河の東に織女有り、天帝の子なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし。天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す」。このくだりは、封建時代の女性に対する差別観念をあらわしている。

 

 

王母娘娘は頭からカンザシを抜いて二人のあいだに線をひいた。空には波の荒れ狂う天の河が横わたるようになった

近代に伝わっている牽牛織女の民間の物語は、内容もずっとゆたかで健康的である。その伝統によると、牽牛は誠実で正直な働き者の若者で、父母が死んでから兄夫婦に頼って暮らしていたが、兄嫁がよくない女で、たった一頭の老いた牛と、おんぼろの大八車、痩せた二ムー(一ムーは六・六七アール)の土地を分けてやって、分家させてしまった。牽牛は自活する羽目におちいり、老いた牛を身内のように大切にして、「牛の兄貴」と呼んでいた。牛は牽牛が一人ぽっちなのを見て、嫁を世話してやろうと思い、某月某日に七人の天女が下界に降りてきて遊び、天の河で入浴するから、もしそのうちの一人の天女の服を盗んだら、その天女が彼の妻になると教えてやった…

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七夕節の習俗

 

 針仕事の上達を祈る

 

女性たちは針に糸を通し、七仙女に対して乞巧をする

 

七仙女を拝む

 
 

「巧菓」

民間における七夕は、星を祭り、乞巧をするための祭りである。山西省ではこの日、若い娘や婦人たちが中庭にテーブルを置き、線香やろうそくを立て、くだものなどの供え物を並べる。また、牽牛織女の剪紙(切り紙)をつくったり、麦わらで橋や織女、子どもを担いだ牽牛と飼い牛を編んだりしている。それから線香をあげ、織女星を祭って拝むのである…

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婚姻と子授けを祈る 

 

 

 

 

 

 昔の中国には、「男女は直接、物の受け渡しをしない」「父母の命に従い、仲人の言うことを聞く」などの封建的なしきたりがあった。そのため若い男女、とりわけ閨房(女子の部屋)に閉じ込められた少女が結婚相手を探すのは難しく、自由恋愛、自由結婚などはもってのほかだった。こうして彼女たちは「縁結びの神」である織女に良縁をたくして、「青春と美貌を守ってください」「気に入った相手を見つけてください」と願っていた…

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 七夕節の詩

 

古诗十九首之一

             漢代   

 

迢々牽牛星  迢々たり牽牛星

皎々河漢女  皎々たり河漢の女

繊々擢素手  繊々たる素手をもって

扎々弄機杼  扎々と機杼を弄ぶ

終日不成章  終日織りて章を成さず

泣涕零如雨  泣涕零ちること雨の如し

河漢清且浅  河漢清くかつ浅し

相去復幾許  相い去ること復た幾許ぞ

盈々一水間  盈々として一水を間て

脈々不得語  脈々語ることを得ず

 

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