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japanese.china.org.cn |25. 07. 2023 |
中国人が自然を撮りたくなる年齢は?
ここ最近、筆者のウィーチャットの親友グループチャットで「ねぇ見て!このお花きれいじゃない?」「そうだね!きれい!!そういえば、私が撮ったお花も見てみない?」などのメッセージと写真が次々と書き込まれ、みんなが自慢の写真をシェアしている。
十数年前に知り合った親友同士でかわいい自撮り、人気の化粧品、おしゃれな洋服から素朴な花、空、白い雲などの写真をシェアしている。
これは近頃ネットでバズったある話題を思い出させた。「ある程度の年齢になり、中国人としてのDNAと血脈がコントロールできず覚醒された!」というネタは、80年代と90年代生まれの人たちだけでなく、2000年以降生まれの若者の間でも熱く議論された。
思い返してみれば、お母さんたちのような60代の女性はよく花を植えたり、花の写真を撮ったり、アイコンにしたりするイメージがある。これらの以前はやりたいと全く思わず、やる価値があるのかと突っ込んでさえいたことをいつの間にか好きになり、私たちは知らないうちに歳をとっていたのかと思った。いや、これはただのネタの中の中国人の逃げられずジワることの一つだと考えれば、もっと受け入れやすいと自らを慰めた(笑)。
では、中国人としての精神的な「血脈」とは一体なんだろう?
歳をとり、「自然に中国茶が好き」「カラオケよりおばあちゃんとおじいちゃんがよく行く静かな公園の方が好き」「足湯も好き、健康知識も知りたい!」「ダイヤモンドよりゴールドや玉器が好き」「革命曲が好きで、聞くとすぐに元気になれる!プラスエネルギーがいっぱい!」「母がもったいないと思い捨てず、紙袋や包装紙を再利用していたことを、昔は理解できなかったが今は自分もそうするようになった!」「アルバムの中は大自然の写真の方が人物よりはるかに多い」…ネットユーザーらのコメントは、いわゆる中国人としての精神的な「血脈」の表現といえるだろう。
たしかに、若い頃は見た目がおしゃれなグッズ、新鮮で表面的なものを求めることが多かった。年齢を重ね経験が豊富になるにつれ、物事の真の価値を意識し、一番欲しいものがわかり、精神的に自分の中心にすることをより重視し、自己意識の覚醒、そして強い内心を持ち、目の前の素朴で純粋なことにより注目するようになった。若い頃は気にならなかった「高齢者特有の行為」を今は「悪くない」と感じられ、だんだん夢中になり、これは「逃げられず」ジワることだといえるだろう。
「お花」の話題に戻ろう。ここ数年、各都市で自然環境が整備され、緑の生態空間の割合が拡大し、景観の効果と生態環境のレベルが大幅に向上し、都市のイメージ、景観、全体の環境は大幅に改善されている。
北京市を例に挙げると、道路資源が緊迫化し、中央分離帯の緑地面積は比較的少なく、限られた空間をいかに利用して都市の風景を作り出すかは従来からの難題だった。関係部門はコウシンバラを利用して花の壁を作り、市民は運転中に渋滞しても絵のような風景を満喫することができ、美意識の向上、そして大自然を愛する観念の育成にも役立つと思う。
また、花経済と花文化が繁栄し、花の消費が持続的に増え、農家と消費者は「実用性+ロマンチック性」主義を満たすことができる。ポケットパークの増加により、どこでも大自然の美を発見できるようになり、だれもが目に映った素敵な景色を携帯電話を取り出して写真に残したいと思うだろう(笑)。
文:Seki
写真はCFPより
「中国網日本語版(チャイナネット)」2023年7月25日