「以前はこの時代の歴史がよくわからなかったが、ここに立つと我が事のように感じられる」――。米カリフォルニア州で24年間歴史を教えてきた教師のアランさんは、旧日本軍の細菌戦跡地に建設された「劫波亭」を前に、感慨深げに語った。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。
アランさんは5日午前、米国の人権団体「世界抗日戦争史実維護会」が組織した米国人教師グループと共に、旧日本軍の細菌戦跡地である浙江省義烏市崇山村を訪れた。
1942年、旧日本軍はペストを兵器に使用し、崇山村だけで404人、義烏市全体では1200人以上を殺害した。
「わたしの叔父も弟も、みんな日本軍にペストで殺されたんです」――。村民の王錦悌さん(73)は「劫波亭」の記念碑に刻まれた名前を指さし、米国からの客人に訴えた。
アランさんは、自分の遠い親戚が第2次世界大戦時にナチスに殺されたことを記者に告げた。「これこそ、わたしが今回中国を訪れて第2次大戦について見学しようと思った理由です。わたしなら中国の人々が受けた苦しみを感じることができると思ったんです」。
世界抗日戦争史実維護会の丁元副会長は「細菌戦の実施、慰安婦の強制連行、南京大虐殺といった、第2次大戦時の日本による中国侵略の史実は、長年の間、国際社会に深く理解されてこなかった。われわれはこの面における米国と国際社会の空白を埋めなければならない」と語った。
「人民網日本語版」2007年7月6日