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中国官僚は「対外交流」を必修に
発信時間: 2008-11-20 | チャイナネット

交流は社会進歩と経済発展に必要であり、中国が世界に向かう上でも必要だ。現在、中国と世界の関係には歴史的な変化が起きているが、海外との交流を理解している人材はまだ非常に少なく、需要を満たすには程遠いのが現状だ。(文:呉建民・元外交学院院長)

たとえば、私たち官僚の一部は外国人との交流をあまりよく理解していない。駐仏大使時代、私は次官クラス以上だけで毎年200余りの国内からの代表団を接待しなければならなかった。多くの代表団は地元の投資環境を紹介する際、外国人には意味不明な言葉「熱土(hotland)」を好んで口にした。大声で話をし、満面紅潮させて原稿を読み上げ、長談義をぶつ官僚も少なくなかった。

企業誘致のために遠路はるばる外国まで来て、多くの人を招いて自分の省や都市を紹介するというのに、いざ壇上に上るや天気の話から始め、ようやく本題に入ったかと思えば、雲を掴むような霧の中を歩むような話を延々と続け、決まり文句や無駄話や空論で満たされた意味のない交流に、大量の時間を費やす代表団もあった。

私たち中国人はどうしてこうなるのかと、自分でも首をひねることがある。急須の中でギョーザを蒸したようなもので、注ごうにも肝心の中味が出てこない。なぜ私たち官僚には、海外に行って、短い言葉で他人の興味を引くことのできる者が、こうも少ないのだろう?なぜ中国の官僚の話には、大きな話や決まり文句や空論がこうも多いのだろう?交流の何たるかを理解していないのが大きな原因だ。外国の官僚と話をしていて、中国の今後の発展にとって最大の障害は何かと聞いてみたことがある。すると相手は「最大の障害は、世界で歪められた中国のイメージだ」と答えた。私はこれに同意する。では、なぜ中国のイメージは歪められるのか?これは外国メディアの報道と関係があるが、中国官僚、特に報道官の交流能力の欠如とも関係がある。

これには歴史的原因もあれば現実的原因もある。古来中国人の哲学は「君子は言に訥にして行に敏ならんことを欲す」であり、口の達者な人間は往々にして「大言壮語」として批判の対象になり、表現下手な人間の方がかえって称賛の対象となった。中国官僚の一部は言葉数が多いと失言をしてしまうと考え、今日に至るまで自分を「隠す」ことを習慣にしていると指摘する人もいる。だが私が言いたいのは、公的人物が話をする際は確かに各種の関係を考量する必要があるが、こうした考慮は個人的利益ではなく国益に立って行うべきだということである。また、私たちの学校や家庭での教育は試験の成績を過度に重視して、コミュニケーション能力という基本的な資質の育成をおろそかにしている。

私は国家指導者に随行して何度も外国を訪問しているが、外国人記者から、中国の指導者の個人的魅力を目の当たりにして、これまでの見方が変った、中国への好感が湧いたという声を多く聞いた。米国のある調査では、傑出した人物の85%が自分の成功は良好な対人関係によるものと考えている。交流に長けた人が自分の才能をアピールしやすく、また群を抜く機会も多いことは事実が証明している。

事実、交流能力は一種の生産力、あるいは生産力の解放なのだ。このことから私は数年前、外交学院に「交流学」の専門科目を設置した。現在もさまざまな場を利用して、交流学の重視を人々に呼びかけている。

「人民網日本語版」2008年11月20日

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