写真は民俗技術を継承してきた王定民さんの綿打ち作業の様子である。機械打ちが主流となった今、手作業による綿打ちはすでに珍しい光景と言えるだろう。
綿打ち職人とは主に綿布団を作る人々を指す。昔は各職種の中でも人気が高かった職業で、昔ながらの、伝統文化といってよい技術を用い、手作業で行なわれる。近代工業の発展と新技術の応用に伴い、こうした旧式で辛い作業を必要とする技術を継承しようとする者は非常に少なくなってきた。王定民さんは先祖代々受け継がれた技術の最後の継承者となろうとしている。系譜によると、清代に起きた大規模な移住時代以降、先祖代々、綿打ちを家業としていたようである。毛沢東時代の計画経済下では、王定民さんの祖父、父はいずれも、製品販売公社に仕える製綿技術者として一生を捧げた。王定民さんは13歳から父親に師事したというからすでに35年間この職業に就いているということになる。綿布団の加工費も昔の0.8元から今では60元になった。
王定民さんは父親の跡を継ぎ、製品販売公社に仕える予定であったが、まだ技術覚え立ての時期に公社は解体した。そのため、覚えた技術をもとに、行商をしながら暮らしを支えた。貯めたお金で雲陽新県の中心部に小さな店舗を購入、年をとってからは、妻と二人で綿布団の加工店を開業した。周辺住民から高い評判を受け、作業が追い付かないほど、毎日、材料持ち込みの加工依頼が絶えない。王定民さんには子どもが2人がいるが、一人は飲食店経営者、もう一人は看護学校で勉強中と、まったく違う道を歩んでいる。つまり、王定民さんが引退すれば、この技術も途絶えることを意味している。王定民さんは先祖代々受け継がれた綿打ち技術の最後の継承者となるのである。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2015年5月10日