スン・リーやリウ・タオが出演するテレビドラマ「芈月伝」が絶賛放映中だ。芈月は秦始皇帝の曽祖父の母親、宣太后のこと。この中国史上最初の皇太后は、西安市臨潼にある秦始皇帝の先祖代々の墓である「秦東陵」に埋葬されていると言われる。
西安市臨潼区の斜口街道にある秦東陵には、秦始皇帝の先祖の多くが埋葬されている。保護面積は20平方キロ以上。秦東陵は1986年、村人が溝を補修している際に発見された。4つの陵園から成り、陵園は人工の円形の堀、あるいは自然の溝で区切られている。4つの陵園では「亜」の形の墓が3つ、「中」の形の墓が2つ、「甲」の形の墓が5つ発見された。陝西省考古研究院の考古学者である孫偉剛氏は、史籍の記載に基づき、秦東陵に埋葬されている王侯貴族は昭襄王と唐太后、庄襄王、帝太后、悼太子、宣太后(芈月)と確定できると述べる。孝文王と華陽太后が埋葬されているかどうかは現在も議論が分かれる。同氏は、4号陵園の「亜」の形の墓が宣太后の墓だと推測している。
どうして4号陵園が宣太后の墓だと推測できるのだろうか。出土された陶器などの分析に基づき、4号陵園の年代が比較的古い、「亜」の形の竪穴式の墓であること。そして中国の古代の埋葬は、墓の道の数で墓主の地位の高低が決まる。4本の墓の道があるこの墓は等級が最高で、皇帝並みであることを、専門家は根拠としている。
考古学者は、取捨選択した後、このような墓に入ることができるのは昭襄王の生母、つまり宣太后だけだと分析する。しかも宣太后の歴史的影響力は巨大であり、皇帝並みの墓になるのは当然のことである。かつて西安で発見された、秦夏太后も「亜」の形の大きな墓に埋葬されていた。秦東陵4号陵園は年代や礼式要求からみて宣太后だと考古学者は考えていると、孫偉剛氏は述べる。写真は陪葬墓地で、3列21個のほぼ同じ大きさの丸い穴が密集して配置されている。
驚くべきことに、「中」の形のそばに、3列21個のほぼ同じ大きさの丸い穴が密集して配置されている。これらの穴は整然と3列に並ぶ。穴は直径が1.5~2メートルだが、穴の中には何も残されていない。中の土は三層から成る。孫偉剛氏によると、最初は柱だと考えたが、炭などが全く残されていないことから、現在は祭祀で使った穴だと推測している。古代、先祖の墓の祭祀に「血祭」と呼ばれるものがあり、動物の血と肉で祭祀を行った。その後、数千年が経ってそれらは腐り、遺跡には何も残っていないというわけだ。
専門家は現在、土を採取して鑑定を行っている。この「中」の形の墓は、宣太后とどんな関係があるのか。今後の研究が待たれる。
4号陵園は小峪河の南岸に位置する。すべての陵区は山の麓にある。華商報道の記者が現場を見ると、麦畑の中に「国家重点文物保護碑」が建っていた。4号陵園の「亜」の形をした墓は、とっくに土で埋められていた。専門家の紹介がなければ、麦畑の下に宣太后が埋まっているとは信じられないだろう。写真は20平方キロの秦東陵。地元農民が耕作している。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2015年12月7日