言葉が通じないことや、文化や生活習慣の違いから、少年たちの関係は当初ぎこちなかった。だが、そこはやはり同じ年頃の子ども。身振り手振りや眼の表情で、すぐに意志を通じ合えるようになった。知っている日本人の名前を聞かれた時、楊君の口を突いて出たのは漫画家の岸本斉史さんとその作品「NARUTO -ナルト-」だった。2日目に何をするか相談している時、楊君が釣りが好きだと言うと、他の3人もすぐに賛成し、一緒に海へ釣りに行くことに決めた。
日本滞在の印象を聞くと楊君は、「日本は自然環境がすごくいい。空気もすごく新鮮で、空もとても青い。日本人は礼儀正しくて、紀律を守る」と少し大げさな口調で言った。邱君は、日本は想像と違ったと話す。地理の授業で受けていた印象は、日本は国土が狭く、人口が多いというものだったが、来てみると、それほど人が多くはないし、小さくともみな自分の家や庭を持っていた。2人はまた、村上さん一家が天津に来たら、今度は自分たちがもてなし、智洋君と祐一君を天津名物の肉まん「狗不理包子」を食べに連れて行くと、気前よく約束した。
子どもたちの単純な言葉には笑いも漏れるだろうが、これはまさに、日本社会と接触する過程で、彼らが自分の目で日本を観察し、自分の心で日本を感じ、日本に対する自らの印象と理解を形成したことを物語っているのだ。中日友好交流の意義もここにある。
9日間の日程の京都、東京、鹿児島への訪問、豊富な見学や交流、そしてホームステイは、40人の中国の子どもたちの心に友情の種を撒いた。北京と天津の小中学校10校から参加したこの子どもたちは、21日に帰国の途に就く。子どもたちが持ち帰るのは、日本の特産品だけでなく、日本での1つ1つの思い出であり、何よりもホームステイ先で受けた手厚いもてなしの心であるに違いない。
「人民網日本語版」2008年7月22日
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