ホーム>>中日両国>>社会 |
魯迅の漢詩の書、日本の友人が上海に寄贈 |
発信時間: 2008-09-28 | チャイナネット |
|
魯迅の生誕127周年に当たる9月25日、さいたま市の古西暘子さんが、魯迅が亡くなる前年の1935年に記した漢詩の書『聴弾琴』を、上海市の魯迅記念館に寄贈した。 書に記された漢詩は、「冷冷七絃上、静聴松風寒。古調雖自愛、今人多不弾」。「古い琴の調べが好きだが、今では弾く人も少ない」という意味で、自分の才能にふさわしい場所を得られない当時の魯迅の境遇を重ね合わせたとされる。 この書は、古西さんの父、東洋史学者だった元金沢大学教授の故増井経夫氏に魯迅が贈ったもので、増井氏の義父は、魯迅と親交のあった書店「文求堂」の主人だった故田中慶太郎氏。 田中氏は中国古書の専門家として知られている。1900年初期に北京で学んでいた田中氏は、帰国後、父親が経営していた「文求堂」を相続し、中国古書の販売や学術著作の出版を手がけた。「文求堂」は1932年、『孔乙己』や『阿Q正伝』などの名作を収録した『魯迅創作選集』を出版し、魯迅にも寄贈しすると、魯迅はすぐに返事を出し、その中の間違ったところを訂正した。こうして田中氏と魯迅の友情が深まっていく。 田中氏は魯迅がしばらくの間、日本で生活することを願った。そして1935年12月に上海を訪れた田中氏の娘婿の増井氏は、内山完造氏の手配で魯迅を訪ね、田中氏の気持ちを伝えたが、魯迅は婉曲に断り、『聴弾琴』の書を認めたて増井氏に贈ったという。 古西さんは、「亡父には家宝と言われ、正直なところ重荷でした。寄贈を喜んでもらえてうれしい」と話す。 魯迅記念館の王錫栄副館長は、「古西さんが寄贈した書はとても貴重なもので、魯迅思想の研究や中日文化交流の面で重要な意義がある」と述べた。 「チャイナネット」2008年9月28日 |
|