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内蒙古に350万本の木を植えた日本人男性
発信時間: 2009-11-05 | チャイナネット

砂漠化が深刻な内蒙古ホルチン(科爾沁)草原は、砂嵐の主な源である。しかしこの茫々とした砂漠の一角に、奇跡的にオアシスが現れた。これは日本人の大滝隆司さんが緑化チームと一緒に、10年をかけて350万本の木を植えた場所だ。

1997年、大学を卒業した大滝隆司さんは、内蒙古の現在のオルドス市である西部伊盟を初めて訪れ、すぐに内蒙古の金色の砂漠に魅せられた。「こんなに大きな砂漠が緑に変わったら、すごく達成感が得られるだろと思いました」

日本に帰った大滝さんは、斎藤晴彦さんとNPO法人の「緑化ネットワーク」を設立し、日本に最も近い砂漠である内蒙古のホルチン砂漠で緑化活動を始めることに決めた。

ホルチン砂漠から日本までの直線距離は約1500キロ。飛行機だと成田空港からホルチンに一番近い空港までは約3時間だ。ホルチン後旗周辺の砂漠は5万平方キロの広さで、日本の九州よりも大きい。早春の猛烈な偏西風で、ホルチン砂漠の黄砂は時に海を渡って日本まで届くことがある。

大滝さんはこう振り返る。「ホルチンに来たばかりの頃は、緑化事業が一番難しい時でした。地元の人にも信頼されず、こんなに多くのスコップがあるのはきっと石油を掘るためだと思われました」

大滝さんがいくら忙しくても、地元の人は誰も相手にしなかった。植えた苗木がどんどん大きくなると、地元の人たちも大滝さんと話すようになったが、心の中では、日本は土地が狭いために内蒙古で木を植え、木が成長したら全て日本に持ち帰るのではないか思っていた。

10年が経ち後旗地区は様変わりした。砂漠には緑の一角が現れると、地元の人たちも徐々に大滝さんの方法を認めるようになり、毎年、行われる義務植林にも参加するようになった。

大滝さんはこの10年間に何本の木を植えたのか覚えていないという。「植えた木の数よりも、この土地に根を下ろしたことのほうが大切」と、大滝さんは10年間で流暢な中国語を話すようになり、時には東北地方の方言も口をつく。また地元の人たちからは同郷人という意味で「老郷」と呼ばれ、奥さんは「緑化ネットワーク」で勤めていたクルン (庫倫) 旗の満州族の女性だ。

大滝さんは「『緑化ネットワーク』は日本で有名な組織とはいえませんが、内蒙古での努力で企業の関心を呼ぶようになり、ティンバーランドやJCB、日立、NTTなど、毎年のように資金面でサポートしてくれています」と話す。

また卒業旅行として、ホルチン砂漠に来て中国のボランティアと一緒に木を植える大学生もいるという。

「チャイナネット」 2009年11月5日

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